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2026年5月21日木曜日

ゾラ・フォーリー(Zora Folley)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級。全盛期のアリの世界王座に挑戦した男。ヘンリー・クーパー戦(初戦)、ダグ・ジョーンズ戦(再戦)ほかを紹介します。


ゾラ・フォーリー(アメリカ)

身長185cm:オーソドックス(右構え)

ゾラ・フォーリー(Zora Folley)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ゾラ・フォーリー 10R 判定 ウェイン・ベサ

(ヘビー級戦、1956年12月または1957年1月)

フォーリー:左ジャブ、フック   

ベサ:左ジャブ、フック

(感想:長期に渡ったモハメド・アリの時代。アリの全盛期は「デビューから世界王座を剥奪される前」というのが定説。ベトナム戦争行きを拒否して王座を剥奪されたアリ。剥奪前の最後の防衛戦の相手を務めたのがフォーリー。実力者が充実した時代に多くの名のある選手と対戦(ソニー・リストン、ジョージ・シュバロ、ボブ・フォスター、オスカー・ボナベナ、エディ・マッチェン、ニノ・バルデスら)。フロイド・パターソン時代に世界王座に挑戦しようとしてできなかった不運。テキサス州ダラス出身。陸軍に入隊してボクシングを始める。朝鮮戦争に従軍。軍の大会で優勝。除隊後、1953年にプロデビュー。身長は185cmでまずまずだが、リーチは196cm。それを武器にデビューから連勝。1955年6月、ダウンを喫した末、TKO負けで初黒星。三連勝後、今度は肋骨を折ってTKO負け。復帰後、ニノ・バルデスに勝利。ベサはサウスカロライナ州ディロン出身の黒人。大ベテランの元世界王者エザード・チャールズに判定勝ちするなどこのところ連勝中。ニューヨークでの一戦(短いハイライト映像で観戦)。接近してフック、ボディ打ちのベサ。フォーリーは距離を取って戦いたいらしく、ジャブを出す。しかし、しつこく接近されてボディ打ちで反撃したり、クリンチしたり。接近戦でのもみ合いが続く。判定は2-1(二連戦とも)。動きのスピードに欠けていた両者。映像が試合の前半だったのか、後半だったのかにもよるが、冴えない試合ぶりだった印象。その後、ベサはハロルド・ジョンソン、ニノ・バルデス、ソニー・リストンに敗北。後のWBA王者アーニー・テレルに勝利。一定の実力はあった。)


ヘンリー・クーパー 10R 判定 ゾラ・フォーリー

(ヘビー級戦、1958年10月)

フォーリー:左ジャブ、右ストレート、左フック   

クーパー:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

3R:右フックでクーパーがダウン

(感想:ベサとの二連戦後、連勝だったフォーリーだが、エディ・マッチェンとドロー。二連勝で、クーパー戦。クーパーはロンドンのランベス出身の白人。英国王座、英連邦王座、欧州王座を狙ったが、全て失敗の過去。英国ウェンブリーでの一戦(ハイライト映像で観戦)。同じタイプの二人。距離を取ってジャブ。動きのスピードも同じぐらい(速くはない)。クーパーは左のテクニックを使う(左ジャブを連打して左フック)。フォーリーは右カウンター、ワンツーといった右パンチ。3R、連打からの右フックでクーパーがダウン。その後、フォーリーは斜め下からの左フックに迫力があるが、不発。10R終了でレフェリーはクーパーの手を上げた(PTSによる判定)。カットされた映像のため全体像がわからないのが残念だが、どうやらクーパーが左のテクニックで勝ったようだ(出血しやすいタイプのクーパー。この試合でも出血サービスだったらしい)。フォーリーはどうもイマイチな男。ジャブを使う正統派で、フックに威力。しかし、動きの躍動感に乏しく、スムーズさに欠ける。プロボクシングは興行。フロイド・パターソンとの世界戦が実現しなかったのはこの試合が原因とされるが、そもそもフォーリーに「挑戦者としての魅力」が欠けていたからなのではないかという気がする。その後のクーパー。フォーリーに勝って自信をつけたらしく、英国王座、英連邦王座奪取。フォーリーとの再戦はKO負け。そして、若き日のモハメド・アリ(カシアス・クレイ)との試合で負傷TKOで負けたが、ダウンを奪う名シーン。欧州王座も獲得し、アリの世界王座に挑戦したがTKO負け。世界王者にはなれなかったが、欧州のヘビー級トップとして活躍した。)


ダグ・ジョーンズ 7R KO ゾラ・フォーリー

(ヘビー級戦、1960年12月)

フォーリー:左ジャブ、右ストレート、フック   

ジョーンズ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:フック連打でジョーンズがダウン

7R:ワンツーでフォーリーがダウン

(感想:クーパーとの初戦後、連勝だったフォーリーだが恐ろしい男が出現。後の世界ヘビー級王者ソニー・リストンに3RでKO負け。更にKO負けがあったが、クーパーをKO、ダグ・ジョーンズに判定勝ちするなど連勝。そしてジョーンズと再戦。ジョーンズはニューヨーク出身の黒人で、元軍人。プロ入り後、連勝だったが、エディ・マッチェンに判定で初黒星。その再起戦は空位の世界ライトヘビー級王座決定戦。ハロルド・ジョンソンに判定負けで王座獲得ならず。二連敗の状況でフォーリーに判定負け。後の世界ライトヘビー級王者ボブ・フォスターをKOしてフォーリーと再戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。1R、攻めの姿勢のジョーンズ。右パンチ(ストレート、フック)にパワーを込め、左フックからの右ストレートなど器用さも披露。フォーリーは右カウンターで対抗。接近戦。互いにフック、ボディ打ち。畳み掛けるフォーリー。フック連打でジョーンズがダウン。2R、ラッシュするフォーリー。フック攻撃に迫力。その後、ジャブ、ストレートの攻防。ジョーンズは攻撃のテンポの良さがあり、手数で先手を取る。フォーリーはパワーを入れるが、ショートパンチを当てる巧さも。7R、それまでと同じような一進一退の中、ワンツーでフォーリーがダウン。立とうとするが立てず、KO。ジョーンズが逆転勝利。積極的に先手を取っていったのが功を奏した。フォーリーは残念な男。パワーもあり、一気に攻める爆発力もあった。しかし、強いときとそうでないときの差が(慎重な性格なのだろう)。その後のジョーンズ。次の試合の相手はカシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)で、判定負け。ジョージ・シュバロにTKO負け。WBA世界ヘビー級王者アーニー・テレルに挑戦して判定負け。後の世界王者ジョー・フレージャーにKO負け。トップには立てなかったが、名のある選手と対戦できた。)


その後のフォーリー

アーニー・テレルに判定負け、ジョージ・シュバロに判定勝ち、カール・ミルデンバーガーとドロー、オスカー・ボナベナ、ボブ・フォスターに判定勝ち。連勝の勢いでモハメド・アリの世界ヘビー級王座に挑戦したが、KO負け。再起二連勝でブライアン・ロンドン戦。


ブライアン・ロンドン 10R 判定 ゾラ・フォーリー

(ヘビー級戦、1967年11月)

フォーリー:左ジャブ、右ストレート、フック   

ロンドン:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:ロンドンは英国ハートルプール出身の白人。デビューから連勝だったが、ヘンリー・クーパーにTKO負けで初黒星。英国王座、英連邦王座を獲得したが、またしてもクーパーに敗北。その再起戦でフロイド・パターソンの世界ヘビー級王座に挑戦したが、KO負け(1959年)。以後はインゲマル・ヨハンソン、クーパーに敗北するなど勝ったり負けたり。ところがアリの王座に挑戦するチャンス。3RでのKO負けで王座奪取ならず。再起戦でジェリー・クォーリーに判定負け。その次の試合に判定勝ちでフォーリー戦。「アリに負けた」という共通点がある者同士のサバイバル戦。英国リバプールでの一戦。スピードがまるで無いフォーリー。ジャブ、ワンツーからの左ジャブ、ボディ打ちなど。ロンドンはジャブ、右ストレートからの左ジャブ、細かい連打。パワーで上回るフォーリーにロンドンが手数で対抗。接近戦ではもみ合い、クリンチ、ボディの打ち合い。10R終了。レフェリーがロンドンの手を上げた(判定はPTS。ダウンシーンは無し)。僅差でロンドンが勝利。ジャブが評価されたか。フォーリーはもう戦うべきではない。決め手に欠けるうえにスピード不足。攻めるときはそれなりに素早さはあったが、全体的に緩慢だった。その後の二人。ロンドンはジェリー・クォーリー、ジョー・バグナーにKOされるなど勝ち星無し。フォーリーはオスカー・ボナベナに判定で雪辱され、最後はマック・フォスター(後、来日。モハメド・アリとノンタイトル15回戦を行い、判定負け)に1RでKOされて引退。その後は9人の子を育てながら自動車販売の仕事。市議会議員を務めたことも。しかし、1972年7月7日に41歳で死去。プールサイドで転倒して頭を打ったという。事故死だが遺体の損傷がひどかったため、他殺の疑いもあるらしい。)


①「Heavyweight 

Zora Folley vs. Wayne Bethea」

②「Heavyweight 

Zora Folley vs. Henry Cooper」

③「Heavyweight 

Zora Folley vs. Doug Jones」

④「Heavyweight 

Zora Folley vs. Brian London」

 

モハメド・アリ(Muhammad Ali)のページ


2026年5月1日金曜日

サム・ラングフォード(Sam Langford)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

伝説のヘビー級。ジョー・ジャネット戦、ジム・フリン戦、ビル・ラング戦を紹介します。


サム・ラングフォード(アメリカ)

身長171cm:オーソドックス(右構え)

サム・ラングフォード(Sam Langford)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ジョー・ジャネット戦

(感想:伝説の黒人ヘビー級ラングフォード。強すぎるため白人の世界王者は恐れをなしてラングフォードの挑戦を受けなかったという。身長171cmで小さい。ライト級でデビューし、ヘビー級の強豪に。カナダ・ノバスコシア州ウェイマス出身。1902年、マサチューセッツ州ボストンでプロデビュー。ノンタイトル戦で世界ライト級王者ジョー・ガンズに判定勝ち。王者「バルバドス」ジョー・ウォルコットと世界ウェルター級王座を争って引き分け。1906年4月26日、有色人種版・世界ヘビー級王座(大昔は世界ヘビー級王座は白人だけのもの。黒人用に「有色人種版・世界ヘビー級王座」があった)を懸けてジャック・ジョンソンと対戦。ダウンを食って判定負け。その後、ラングフォードがパワーアップしていったため、ジョンソンはラングフォードと再び戦おうとしなかったという。その代わりとなるライバルが。同じように黒人であるという理由で大きなチャンスが得られないハリー・ウィルスとの抗争。世界有色人種ヘビー級王座を懸けて勝ったり負けたり。ジョー・ジャネットもその王座を懸けて何度も対戦したライバル。古い映像があり、いつ行われたものかはわからないが内容を少し紹介。ジャネットはニュージャージー州ノース・バーゲン出身の黒人。身長178cmだが、リーチは192cmもある。鍛冶屋の父を手伝い、トラック運転手の仕事も。その後、ボクサーに。1904年、25歳でプロデビュー。以後、ラングフォード、ジャック・ジョンソン、ハリー・ウィルスといった強豪と何度も対戦。有色人種・世界ヘビー級王座をめぐる抗争を展開。映像ではそれほど魅力的ではない試合ぶり。身体はデカいが、長いジャブを出すのみ。相手に接近されてクリンチ。ラングフォードはあまりスピードのある選手ではない。丸っこい身体でジリジリ前進し、右ストレート、フック。例えるならば10年ぶりに復帰した時のジョージ・フォアマンのようなタイプ。ゴツい腕で頑丈なコブシ。強烈なコンビネーション(右フックからの左フック)。右フック、左フックで三度のダウンをジャネットから奪う。最終ラウンド終了でレフェリーはラングフォードの手を上げた(PTSによる判定でラングフォード勝利)。1919年にジャネットは引退。ニューヨーク州から認可され、アフリカ系アメリカ人初のジャッジに。ボクシングジムを経営し、ジム・ブラドックらを指導。車好きなことからジムを辞め、タクシー会社を経営。住んでいた町にはジャネットにちなんで名付けられた「ジャネット通り」があるそうだ。)


サム・ラングフォード 8R KO ジム・フリン

(ヘビー級戦、1910年3月)

ラングフォード:左ジャブ、右ストレート、フック   

フリン:フック

(ダウンシーン)

8R:フック連打でフリンがダウン

(感想:フリンはニュージャージー州ホーボーケン出身。本名は「アンドリュー・シャリグリオーネ」。ニックネームは「消防士」だが、鉄道関係の仕事をしていたそうだ。1893年のデビュー戦はKO勝ち。以後、連勝したり、KO負けを喫したり。1904年4月16日、KOでコロラド州王座(ヘビー級)獲得。1906年10月2日、トミー・バーンズの世界ヘビー級王座に挑戦してKO負け。1907年11月2日、ジャック・ジョンソンにKO負け。1908年12月21日、ラングフォードに1RでKO負け。再戦はドロー。そして、この三度目の対戦。カリフォルニア州バーノンでの一戦。開始から接近戦。相撲のような押し合いをしながらバカスカ打ち合う。ひたすらフック攻撃のフリン。対抗するラングフォードは斜め下からのフックなどパンチの正確さとパワーで上回る。中間距離ではラングフォードがジャブ、右ストレート。フリンは接近してフック。屋外リングで暑いのか、セコンドがバスタオルで選手をあおいで冷却。8R、フック連打でフリンがうつぶせにダウン。立てなかったらしく、KO(倒れたところで映像が切れ、試合後の騒然とした状況が映っていた)。ラングフォードがゴツいパワーで勝利。フリンはムチャな打ち合いを選択したが、この選手はそれがいつものパターンなのだろう。しかしその後はラングフォード戦を経験して強くなったか、連勝。1912年7月4日、世界王者になったジャック・ジョンソンに挑戦したが、反則負け(ジョンソンのホールドを嫌がって頭突きしたらしい)。その後も多くの試合を行ったが、勝ったり負けたりのタフなキャリア。1917年2月13日に大きな勝利。世界王者になる前のジャック・デンプシーを1RでKO(上手く隙を突いたらしい)。再戦は逆にデンプシーが1RでKO勝ち(報復された)。ラングフォードに二連敗したりしながら1925年まで戦った。通算戦績74勝(56KO)46敗22分。)


サム・ラングフォード 6R 反則 ビル・ラング

(ヘビー級戦、1911年2月)

ラングフォード:左ジャブ、右ストレート、フック   

ラング:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

2R:左フックでラングがダウン

(感想:ラングはオーストラリア・メルボルン出身の白人で、パワーが売り物。1905年、デビュー(引き分け)。勝ったり負けたりを経験後、オーストラリア王座(ヘビー級)を獲得して連続防衛。1908年9月3日、トミー・バーンズの世界ヘビー級王座に挑戦してKO負け。その後もオーストラリア王座防衛(ボブ・フィッツシモンズもKO)。英連邦王座も奪取。しかし、またしてもバーンズに敗れて両王座から陥落。直前の試合は英連邦王座決定戦で、反則負け。英国ケンジントンでの一戦。相手のパワーを警戒するラング。フットワークで距離を取ったり、クリンチしたり。ラングフォードは歩いて距離を詰め、強いジャブ、右ストレート、回転の速いフック連打。ラングはジャブ、右カウンターでしのごうとするが、2Rにロープ際で左フックを食ってダウン。その後もプレッシャーを掛ける ラングフォード。ラングはクリンチ。途中までの映像。結果は反則(たぶん、クリンチだろう)。ラングフォードがパワーで勝利。動きのスピードはそれほどでもないラングフォード。「足を使って打ち合わない選手」とどう戦うのか、といったところだったが、ゆっくり歩いて相手を追い詰め、意外に速いフック連打で相手を圧倒(後のフォアマンとよく似た戦法)。速く動かなくても相手を追い込める剛腕があった。ラングは「パワーが売り物」ということだが、「上には上があった」といった結果に。その後もオーストラリア王座戦に出場。ローカルな活躍にとどまった。)


その後のラングフォード

多くの試合。1919年、ジャック・デンプシーが世界ヘビー級王者になったが、ラングフォードとの対戦は無し。次第に全盛を過ぎていくラングフォード。キャリアの終わり頃にはほとんど失明状態になり、1926年8月の試合でTKO負けして引退。引退後は貧困。ファンからの寄付で何とか暮らせるようになったとか。世界タイトルは獲得できなかったが、2020年8月13日にWBCがラングフォードを「名誉世界チャンピオン」に認定。通算戦績178勝(129KO)32敗40分。


①「Heavyweight 

Sam Langford vs. Joe Jennette」

②「Heavyweight 

Sam Langford vs. Fireman Jim Flynn」

③「Heavyweight 

Sam Langford vs. Bill Lang」

 

2026年4月4日土曜日

トム・マクニーリー(Tom McNeeley)&ピーター・マクニーリー(Peter McNeeley)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級。ボクシング一家の父子。「トム vs. ジョージ・ローガン(二戦目・三戦目)」「ピーター vs. アレンゼン」を紹介します。


トム・マクニーリー(アメリカ)

身長188cm:オーソドックス(右構え)

トム・マクニーリー(Tom McNeeley)&ピーター・マクニーリー(Peter McNeeley)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ピーター・マクニーリー(アメリカ)

身長188cm:オーソドックス(右構え)

トム・マクニーリー(Tom McNeeley)&ピーター・マクニーリー(Peter McNeeley)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

トム・マクニーリー 10R 判定 ジョージ・ローガン

(ヘビー級戦、1960年11月)

マクニーリー:左ジャブ、右ストレート、フック   

ローガン:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:左フックでマクニーリーがダウン

8R:左フックでマクニーリーがダウン

(感想:マサチューセッツ州ケンブリッジ出身の白人マクニーリー。父トム・マクニーリー(ピーターの祖父)もプロボクサーだったことから「ジュニア」とも呼ばれた。1958年のデビューから連勝中。ローガンはアイダホ州の白人。1957年のデビューから連勝。元世界王者エザード・チャールズをKO(チャールズはその次の試合に判定負けで引退)。その次の試合に判定負けで初黒星。再起戦に勝利したが、マクニーリーに負傷TKO負け。三連勝してマクニーリーと再戦。マサチューセッツ州ボストンでの一戦。1R、互いにジャブ連打。動きのスピードは同じぐらい(それほど速くない)。打ち方はマクニーリーの方が良く、ワンツーを連打する。ローガンもワンツーを使うが、ゴツいタイプのパンチ。接近戦。共にフック、ボディ打ち。左フックでマクニーリーがダウン(マクニーリーは右ストレートを打った後に隙ができる欠点)。2R、距離を取ってマクニーリーがジャブ、ワンツー。しかし、距離を詰められて接近戦に応じる。ほぼ実力的には互角だがマクニーリーは左フックを食い、タフネスとクリンチでしのぐ。8R、左フックでマクニーリーがダウン。10Rにも左フックでピンチになったが、手数で何とか反撃。10R終了。判定は2-0。マクニーリーが危うい勝利。ワンツー連打で取ったポイントで何とか競り勝った。ローガンは二度のダウンを奪ったにもかかわらず負けになって悔しかっただろう。「ダメージ」の点ではマクニーリーの方が大きかったのでは?)


トム・マクニーリー 10R 判定 ジョージ・ローガン

(ヘビー級戦、1960年12月)

マクニーリー:左ジャブ、右ストレート、フック   

ローガン:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:約一ヶ月後のダイレクト・ラバーマッチ。共にスッキリ勝ちたいところ。試合地は前回と同じボストン。マクニーリーがワンツーからの左ジャブ。ローガンはワンツーからの左フック、左のテクニック(斜め下からの左フック、左アッパー)。接近戦ではボディを打ち合うが、マクニーリーはクリンチを使って長時間の打ち合いは避ける。ディフェンス&ジャブでマクニーリーが丁寧な試合ぶり。ローガンは左フックを当てるなど悪くはないが、単発のヒット。そのうえ機敏さ、相手を追い掛けるスピードに欠けるのが惜しい。終盤は接近戦で打ち合い、一進一退。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マクニーリーが慎重ながら時には激しく打ち合う戦いぶりで勝利。ローガンもテクニックを持っていたが、もっとスピードがあればといったところだった。その後の二人。ローガンは中堅を相手に勝ったり負けたりに。1962年4月23日、若きカシアス・クレイ(モハメド・アリ)に4RでTKO負け。1965年に引退し、警官になった。マクニーリーは全勝のままフロイド・パターソンの世界ヘビー級王座に挑戦したが、4RでKO負け。以後も試合。『リング』誌から評価されていたときもあったが、ダグ・ジョーンズ、オスカー・ボナベナに敗れるなど勝ったり負けたりに。ローカル王座を何とか獲得できた。)


ピーター・マクニーリー 1R TKO ジェリー・アレンゼン

(ヘビー級4回戦、1992年4月)

マクニーリー:左ジャブ、右ストレート、左右フック   

アレンゼン:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(ダウンシーン)

1R:フック連打、左フックで2度、アレンゼンがダウン

(感想:マサチューセッツ州メドフィールド出身のマクニーリーはトムの息子で、見た目の感じがかつての「ホワイトホープ」ジェリー・クーニーっぽい男(データによると身長が父と同じ)。デビューから5連勝(5KO)。アレンゼンはニュージャージー州出身で2勝(1KO)3敗1分。コネチカット州マシャンタケットでの白人同士の一戦。フック連打で仕掛けるアレンゼン。応戦するマクニーリー(オヤジさんとは違って、ゴツいパンチを振るうタイプ)。アレンゼンがフックで二度ダウン。立ったが、コーナー付近で連打されてレフェリーストップ。まるでケンカのようだった試合。勝ったが、マクニーリーは打たれるシーンも。その後の二人。アレンゼンはマイケル・ベント(後のWBO世界ヘビー級王者)、ジェレミー・ウィリアムス(後、WBO世界ヘビー級王座に挑戦してKO負け)にKOされるなど全敗。マクニーリーはマイク・タイソンと戦ってアッサリ敗北。バタービーン、ヘンリー・アキンワンデにKO負け。戦績は悪くなかったが、トップクラスには敵わず(まだクーニーの方が良い選手だった)。)


①「Heavyweight 

Tom McNeeley vs. George Logan」

②「Heavyweight 

Tom McNeeley vs. George Logan」

③「Heavyweight 

Peter McNeeley vs. Jerry Arentzen」

 

フロイド・パターソン(Floyd Patterson)のページ

2026年3月25日水曜日

ジョージ・シュバロ(George Chuvalo)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級。タフネスが武器の白人。パット・マクマートリー戦、トニー・アロンギ戦、バスター・マシス戦を紹介します。


ジョージ・シュバロ(カナダ)

身長183cm:オーソドックス(右構え)

ジョージ・シュバロ(George Chuvalo)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

パット・マクマートリー 10R 判定 ジョージ・シュバロ

(ヘビー級戦、1958年)

シュバロ:左ジャブ、右ストレート、フック

マクマートリー:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:カナダ・オンタリオ州トロント出身の白人シュバロ(本名は「ジュレ・チュバロ」)。頑丈な身体が武器だった男。世界ヘビー級王座に二度挑戦し、全キャリアで一度もダウンしなかったという。両親はクロアチアからの移民。アマチュアでは16戦全勝で、カナダ王者に。1956年のメルボルン・オリンピックのカナダ代表に選出されたが、生活のためにオリンピックを辞退。1956年にプロデビュー。面白いことに当時、ジャック・デンプシーがヘビー級トーナメントを開催。デビュー戦がトーナメント一回戦で、KO勝ち。結局、四連続KO勝ちで優勝(全試合が1日で行われた)その後、連勝しては判定負け。カナダ王座決定戦に出場し、1RでのKOで王者に。その次の試合は初のアメリカでの試合。マクマートリーはワシントン州タコマ出身の白人で、アイルランド系。アマチュアで活躍。海兵隊に入って、そこでもボクシング。1954年にプロデビュー。元世界王者エザード・チャールズらに連勝。ウィリー・パステラノに判定で初黒星。連勝後、判定負け。そこからまた連勝でシュバロ戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。共に慎重な性格。相手を警戒しながら左ジャブ。スピードはそこそこ。パワーを込めるシュバロ。右ストレート、左フック、左ボディ打ちに強さ。時にはバランスを崩すほど大振りの左フック。ジャブで先手を取り、ワンツーからの左フックも披露。2Rには左フックでマクマートリーをグラつかせる。マクマートリーは積極さが足りない試合ぶりだが、徐々に自分のペースに。ジャブに正確さがあり、ディフェンスしながらジリジリ前進。シュバロはジャブを当てられ、フックをかわされて思わず後退。9R、シュバロが大きな左フックを連発し、リングサイドが沸く。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マクマートリーがジャブ&ディフェンスでヘビー級らしからぬ地味な勝利。シュバロはパワーを見せたが、ジャブ、接近戦での細かいパンチを食った。これが良い経験になればいいのだが。その後のマクマートリー。次の試合でニノ・バルデスに1RでTKO負け。連勝後、エディ・マッチェンに1RでKO負け。その試合で脳損傷、引退。その後はレフェリーとしてボクシング界に貢献。)


ジョージ・シュバロ 10R 引分 トニー・アロンギ

(ヘビー級戦、1963年)

シュバロ:左ジャブ、右ストレート、フック

アロンギ:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

3R:右ストレートでアロンギがダウン

(感想:マクマートリー戦後、カナダ王座戦で勝ったり負けたりのシュバロ。中堅相手に連勝でアロンギ戦。アロンギはニュージャージー州パセーイク出身の白人で、長身(191cm。リーチは203cmもある)。憧れの選手はロッキー・マルシアノ。アマチュアでは全勝(ミドルとライトヘビーで大会優勝経験)。プロではチャーリー・ゴールドマン(マルシアノを指導)の指導を受け、デビューから連勝。「期待のホープ」に。TKOでの初黒星で急ブレーキ。さらにTKO負けでプロ二敗目。再起二連勝で、シュバロと勝負。フロリダ州マイアミ・ビーチ(アロンギの主戦場と言ってもいい場所)での一戦。アウトボクサーのアロンギ。フットワーク&ジャブ連打。シュバロはジャブを使いながら接近して左フック。接近戦はフックでもみ合い。3R、右ストレートでダウン寸前になったアロンギ。何とか踏みとどまったが、右ストレートでダウン。その後もアロンギはフットワーク&クリンチ。ただ、ワンツーは悪くない。左フックがパワフルなシュバロだが、追い掛ける足が無い。10R、シュバロが激しいフック攻撃。10R終了。採点ミスで「アロンギ勝利」がアナウンスされたが、公式結果はドロー。共に良さと欠点。アロンギはヘビー級選手にしては迫力不足。シュバロはスピード不足。シュバロの方がマルシアノの雰囲気があった。その後のアロンギ。中堅相手に連勝、ジェリー・クォーリーと二度対戦していずれもドロー。プロ二敗目以後は負け無しだったが、1967年に27歳で引退。その後は南フロリダで静かな生活を送った。)


その後のシュバロ

アロンギ戦の次の相手はゾラ・フォーリーで、3-0の敗北。再起戦でカナダ王座獲得。ダグ・ジョーンズにTKO勝ち、フロイド・パターソンに判定負け、アーニー・テレルのWBA世界ヘビー級王座に挑戦して判定負け、モハメド・アリのWBC世界ヘビー級王座に挑戦して判定負け、中堅相手に連勝、ジョー・フレージャーにTKO負け。そこから連勝でバスター・マシスと勝負。


バスター・マシス 12R 判定 ジョージ・シュバロ

(ヘビー級戦、1969年)

シュバロ:左ジャブ、右ストレート、フック

マシス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:マシスはミシシッピ州スレッジ出身の黒人。アマチュアで活躍。しかし、手を骨折して東京オリンピック出場ならず。代役で出場したフレージャーは金メダルを獲得。プロでフレージャーと空位のニューヨーク州公認世界ヘビー級王座を懸けて対戦したが、TKO負けで脱落(1968年)。そこから連勝でシュバロ戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。いきなり左フックをかますシュバロ。マシスも左フック、右ストレートで報復。しかしながら、マシス。打ち合いは避けたいらしく、その後はフットワーク&ジャブ。相手の接近をクリンチで阻止するアウトボクシング作戦。シュバロはジャブで前進し、左フックを打ち込むが単発。追い足の遅さもあってマシスを捉えられない。マシスはインサイドからの右アッパー、斜め下からの左フックなどパンチの打ち方は良いが、打ち合いを避ける試合ぶりのため腰が引けたパンチが目立つ。残念な状況が続く中、11Rにシュバロが豪快な左フック。マシスはパワフルに応戦したが、やっぱりクリンチ。12R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マシスがクリンチ作戦で勝利。世界ヘビー級王座を目指す選手同士にしてはイマイチだった試合。その後、マシスはジェリー・クォーリー、モハメド・アリ、ロン・ライルに敗れてキャリア終了。素晴らしい才能を持っていたが、鋭さを失っていったキャリアだった。引退後は肥満が原因と思われる様々な健康問題。1995年9月6日に52歳で心不全で死去。)


その後のシュバロ

ジェリー・クォーリーにKO勝ち、ジョージ・フォアマンにTKO負け、ジミー・エリスに判定負け、モハメド・アリの北米ヘビー級王座に挑戦して判定負け。地元では強く、カナダ王座戦でKO勝ち。一度引退したが、カムバックしてカナダ王座をKOで奪回、防衛。結局、フレージャー、フォアマンにはTKO負けしたが、全キャリアで一度もダウン無し。アリが「今まで戦った中で最もタフな男だ」と語ったほどの岩石男。引退後は役者になり、映画やTV映画に出演。両親の出生地に銅像が建てられたり、自伝を出したり。しかしながら、家族関係で悲劇。薬物が原因で三人の子を亡くし、妻は自殺。シュバロ自身も経済的に困窮していたが、講演活動で人生を立て直し(再婚も)。施設を建て、若者向けのレクリエーション・プログラムを提供する慈善的な生き方。生き残った2人の子は堅実な生活。今もシュバロは存命だが、重度の認知症を患っているという。同じくタフネスを誇ったジェリー・クォーリーはボクシングの後遺症で若くして死去。タフネスの代償は大きい。


①「Heavyweight 

George Chuvalo vs. Pat McMurtry」

②「Heavyweight 

George Chuvalo vs. Tony Alongi」

③「Heavyweight 

George Chuvalo vs. Buster Mathis」


モハメド・アリ(Muhammad Ali)のページ

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ジョージ・フォアマン(George Foreman)のページ

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ジェリー・クォーリー(Jerry Quarry)のページ

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バスター・マシス(Buster Mathis)のページ


2026年3月20日金曜日

バスター・マシス(Buster Mathis)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級。悲運の男。マーティ・フランクリン戦、ロン・マーシュ戦、ジェームス・J・ビーティ戦を紹介します。


バスター・マシス(アメリカ)

身長191cm:オーソドックス(右構え)

バスター・マシス(Buster Mathis)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

バスター・マシス 3R TKO マーティ・フランクリン

(ヘビー級戦、1966年)

マシス:左ジャブ、右ストレート、右フック

フランクリン:右ジャブ、左ストレート

(ダウンシーン)

3R:右フックで3度、フランクリンがダウン

(感想:マシスはミシシッピ州スレッジ出身の黒人。大柄な体格でジャブを基本とする戦い方はソニー・リストンのよう。アマチュアで活躍。全米選手権で優勝。東京オリンピック代表選考会でジョー・フレージャーに勝利したが、手を骨折。代わりにオリンピックに出場したフレージャーは金メダルを獲得。マシスはフレージャー戦を最後にアマチュアを辞め、カナダでプロデビュー(いつのことだか不明だが、ジョー・ルイスの指導を受けたことも)。チャック・ウェプナーらを相手に連勝中。フランクリン(本名「アール・エベレット」)はオハイオ州カントン出身の黒人サウスポーだが、何とこれがデビュー戦。マシス相手にどんな動きを見せるか? ペンシルベニア州ジョンズタウンでの一戦。ボクサータイプのフランクリン。相手から距離を取って長い右ジャブ、左ストレートを出すが、打ち終わった後のガードに甘さ。マシス(この頃はまだ太ってはいない)は相手のパンチを警戒しながら距離を詰めて右ストレート。斜め下からのフックに迫力。3R開始早々の右フックでフランクリンがダウン。これが効いて、右フックで更に二度のダウン。レフェリーは試合を止めた。マシスが圧勝。相手がサウスポーでも特に問題がないように見えた。フランクリンは経験不足で酷い負け方。しかし、その後もリングへ。中堅相手に勝ったり負けたり。オハイオ州王座を獲得できたが、連敗で引退。ローカルな活躍にとどまった。) 


バスター・マシス 4R TKO ロン・マーシュ

(ヘビー級戦、1967年)

マシス:左ジャブ、右ストレート、フック

マーシュ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

3R:左フックで2度、マーシュがダウン

4R:左フックでマーシュがダウン

(感想:フランクリン戦後も中堅相手に連勝のマシス。マーシュはアイダホ州ボイシ出身。アマチュアで好成績。プロデビューから連勝。2-0の判定で初黒星を喫したが、その相手にはTKOで雪辱。そこから連勝でマシス戦。コチラも勢いはあるが、これまでの相手は中堅ばかり。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦(3Rからの映像で観戦)。3R、接近してフック攻撃のマーシュ。マシスはパンチにパワーとキレがあり、左フックからの右ストレートに威力。左フックでマーシュがダウン。ストレートなどで反撃するが、ディフェンスされて今度は右アッパーからの左フックで二度目のダウン。4R、左のガードを下げてアリっぽいフットワークを見せるマシス。実に鋭いワンツーを披露し、左フックでマーシュを倒す。ダメージ深いと見て、レフェリーは試合を止めた。マシスが素晴らしい勝利。世界挑戦を観てみたいと思うほどパンチにキレとパワー。相手を見て攻撃する冷静さもあった。マーシュは頑張るタイプだが、そこまで。その後もマーシュは中堅相手にローカルな試合。引退後はカンザス州で教師に。30年間勤め、70歳で亡くなった。)


バスター・マシス 7R TKO ジェームス・J・ビーティ

(ヘビー級戦、1968年)

マシス:左ジャブ、右ストレート、フック

ビーティ:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

7R:左フック、右フックで2度、ビーティがダウン

(感想:マーシュ戦後も連勝のマシスだったが、ジョー・フレージャーとのニューヨーク州公認世界ヘビー級王座決定戦でTKO負け(1968年。キレイなボクシングを展開したが、フレージャーの荒々しいパワーに沈んだ)。再起戦に勝利してビーティ戦。ビーティはミネソタ州セント・ポール出身の白人だが、身長が何と207cm。ニックネームは「Big Jim」。アマチュアで活躍。1962年にマシスと対戦して敗北。プロでは中堅どころを相手に好調。トム・マクニーリーに勝利、アル・ジョーンズにKO負け。ジョーンズ戦後、四連勝でマシスとプロで再戦。ミネソタ州ブルーミントンでの一戦。デカい選手にはよくあることだが、ビーティは妙に細かいパンチを使うタイプ。ジャブ、ショートのワンツー。時折、大きな右ストレート、左フックを振るうが、少ないのが残念(もっと豪快に行けばいいのに)。マシスはフットワークで距離を取ってジャブ、ワンツーを使ったり、強引に接近してフックをねじ込んだり(左フックからの右フック、左フックをボディからアゴへ連打、ほか)。ディフェンス&攻撃の正確さでマシス。ビーティは攻められてクリンチ。右ストレートを当てるシーンもあるが、単発。7R、マシスが仕上げにかかる。左フック連打でビーティがダウン。立ったが強烈な左フック、続く右フックで二度目のダウン。レフェリーストップで試合終了。マシスが豪快な勝利。コンビネーションも良かった。ビーティはマシスと戦うには不器用な男だった。その後の二人。ビーティは再起戦にKO負けで引退。1970年の映画『ボクサー』(ジャック・ジョンソンがモデルの内容。主演はジェームズ・アール・ジョーンズ)に出演(ビーティはたぶん、ボクサー役だろう)。そして後のジョージ・フォアマンばりにカムバック。なかなか頑張ったが、最後は後にラリー・ホームズの世界王座に挑戦するスコット・ルドー、レロイ・ジョーンズらに三連敗で引退。マシスはジョージ・シュバロらを相手に連勝後、ジェリー・クォーリーに敗れて引退。再起してモハメド・アリの北米王座に挑戦したが、判定負け。ラストファイトは1972年で、強打者ロン・ライルにKO負け。引退後はトラック運送業の職。しかし、様々な健康問題により、1995年9月6日に52歳で心不全で死去。息子のバスター・マシス・ジュニアもプロボクサーに。全米王者になることはできたが、リディック・ボウ、マイク・タイソンには勝てず。何かとフレージャーと比べられたマシス。東京オリンピックに出場していたら、違う人生になっていただろうか?)


①「Heavyweight 

Buster Mathis vs. Marty Franklin」

②「Heavyweight 

Buster Mathis vs. Ron Marsh」

③「Heavyweight 

Buster Mathis vs. James J Beattie」


ジョー・フレージャー("Smokin'" Joe Frazier)のページ 

2026年3月18日水曜日

エディ・マッチェン(Eddie Machen)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級。名のある強豪と戦った男。ニノ・バルデス戦(再戦)、ジョニー・サマーリン戦、ダグ・ジョーンズ戦を紹介します。


エディ・マッチェン(アメリカ)

身長183cm:オーソドックス(右構え)

エディ・マッチェン(Eddie Machen)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

エディ・マッチェン 8R KO ニノ・バルデス

(ヘビー級戦、1956年)

マッチェン:左ジャブ、右ストレート、左フック

バルデス:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

4R:連打でバルデスがダウン

8R:左フックでバルデスがダウン

(感想:マッチェンはカリフォルニア州レディング出身の黒人。身長は183cmだが、リーチは191cmある。親は郵便配達員で、6人兄弟。スポーツが得意だったが、短気な性格でケンカばかり。高校を中退し、ボクシングを選択。ボクサーだった叔父デイブ・ミルズの指導を受けたが、武装強盗で三年間服役。出所後、「二度と刑務所には戻らない」と覚悟を決めてプロに。デビューから連勝。バルデスとは再戦で、初戦は3-0でマッチェン勝利。バルデスはキューバ・ハバナ出身の黒人。身長191cmで、リーチ198cmの立派なヘビー級。「こだわり」があり、それは「白いトランクスしか着用しない」というもの。「ハバナでカトリックの洗礼を受けた時、ボクシングは白のみで行うことを誓った」というのが根拠。デビューは1941年、ハバナ(KO勝ち)。その後、敗北はあったが、キューバ王者に。アメリカでも試合。ハロルド・ジョンソン、アーチー・ムーアに敗北、エザード・チャールズに勝利。ロッキー・マルシアノの世界ヘビー級王座に挑戦できる候補だったが、実現せず。このところまたしてもムーアに敗れるなど勝ったり負けたり。フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦(ハイライト映像で観戦)。4R、白いトランクスのバルデス。左ジャブ、左フックなど左パンチに器用さ。マッチェンは右ストレートからの左フックなどパワーを込めた打ち方。左フックが効いたバルデス。連打でロープにもたれるダウン。8R、左フックでバルデスがダウン。座ったまま10カウントを聞いた。マッチェンがパワーで勝利。バルデスはキューバの黒人らしい柔軟さが感じられたが、パンチが効いてしまった。その後のバルデス。再起戦でゾラ・フォーリーに3-0の敗北。中堅どころには強く、連勝。後の世界王者ソニー・リストンに3RでKO負け。ブライアン・ロンドン(後、モハメド・アリの世界王座に挑戦してKO負け)にTKO勝ち。カナダでジョージ・シュバロと対戦する予定だったが、バルデスの左目が白内障になっていることが判明。試合は中止に。引退後は警備員になったとか。)


エディ・マッチェン 10R 判定 ジョニー・サマーリン

(ヘビー級戦、1956年)

マッチェン:左ジャブ、右ストレート、左フック

サマーリン:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:バルデス戦後、連勝のマッチェン。サマーリンはアラバマ州ルバーン出身の黒人。自動車産業で賑わうデトロイトへ家族で移住。高校ではバスケットボール。卒業後にボクシング。陸軍でボクシングのインストラクターの仕事。プロデビューから連勝。TKOで初黒星。ミシガン州王者になったが、キャリア初期のソニー・リストンに判定で二連敗。ミシガン州王座陥落。ゾラ・フォーリーらを相手に連勝。ボブ・サタフィールド、ハロルド・カーターに二連敗の状況でマッチェン戦。ニューヨーク州シラキュースでの一戦。互いに慎重にガードしながら正確な左ジャブ。マッチェンがジャブ連打からの右ストレート、左フックといったコンビネーション。サマーリンはゴツいパンチを打つタイプで、接近して打ち込む左フックからの右フックに迫力(ソニー・リストンに似ている。体格や顔の雰囲気も)。2R、マッチェンの左フックがヒットし、連打で優勢。3Rは右フックでサマーリン優勢。共に左フックに巧さ。接近戦ではクリンチ多め。攻めるサマーリン、距離を取って応戦するマッチェン。終盤はマッチェン。ディフェンスしながらジャブ連打。サマーリンのパンチも時折ヒットするが、9Rに左フックを食い、10Rも劣勢。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マッチェンが強敵に際どい勝利。サマーリンはなかなかのパワーと当てる巧さ。ただ、スピードが少し微妙だったか。その後のサマーリン。この試合後、ブランク。カムバック、連勝。しかし、ニノ・バルデスにKO負け。身体の不調があり、医師の勧めで26歳で引退。引退後はデトロイトでトレーナーになった。)


その後のマッチェン 

サマーリン戦後、元世界ライトヘビー級王者ジョーイ・マキシムに二連勝。しかし、「北欧の雷神」インゲマル・ヨハンソンに1RでKO負け、初黒星(ヨハンソンはその次の試合でフロイド・パターソンをKOして世界ヘビー級王座に)。その後、連勝してローカル王座を獲得したが、ゾラ・フォーリーに敗れて二敗目。さらにソニー・リストン、ハロルド・ジョンソンに敗北。ヘビー級の競争の厳しさに押される状態に。


エディ・マッチェン 10R 判定 ダグ・ジョーンズ

(ヘビー級戦、1961年)

マッチェン:左ジャブ、右ストレート、フック

ジョーンズ:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:ハロルド・ジョンソン戦後、再起二連勝のマッチェン。ジョーンズは当時の新鋭。ニューヨーク出身の黒人で、元軍人。19歳でアメリカ空軍に入隊し、そこでボクシングをスタート。アマチュアで活躍。プロ入り後、連勝。その勢いでマッチェン攻略なるか?  フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦。基本ができているジョーンズ(この選手もリストンに見た目が似ている)。足でリズムを取りながらジャブ、ワンツー(正統派のボクサータイプ)。共に当てるテクニックがあり、巧さで勝負。しかし、プロでの経験の差か、マッチェンがディフェンスしながらパンチをヒットさせる。ジョーンズはボディ打ちにも良さがあるが、ブロックされる。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マッチェンが隙を突くパンチで勝利。ジョーンズは良い選手だが、パワー不足。相手のガードを吹き飛ばすような威力は無かった。その後のジョーンズ。再起戦は空位の世界ライトヘビー級王座決定戦。しかし、ハロルド・ジョンソンに判定負け。続くゾラ・フォーリー戦も判定負けで三連敗。後の世界ライトヘビー級王者ボブ・フォスターをKO。フォーリーにKOで雪辱。カシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)に判定負け。ジョージ・シュバロにTKO負け。WBA世界ヘビー級王者アーニー・テレルに挑戦して判定負け。後の世界王者ジョー・フレージャーにKO負け。トップには立てなかったが、名のある選手と対戦できた。)


その後のマッチェン 

中堅相手に勝利。クリーブランド・ウィリアムスとドロー。フロイド・パターソンに判定負け(1964年。この頃は精神的な問題により、不調だったという)。その再起戦でアーニー・テレルとWBA世界ヘビー級王座決定戦を行い、判定負け。カール・ミルデンバーガーに判定負け。ジェリー・クォーリーに判定勝ち。最後はジョー・フレージャーら連敗で引退(1967年、35歳)。実力はあったが、一定のレベル以上の選手には勝てなかったマッチェン。引退前の1966年に破産。プライベートでは警官との乱闘で逮捕。引退後は港湾労働者に。1972年8月8日、アパートから転落して40歳で死去。原因(事故、他殺)は不明。キツい人生だった。


①「Heavyweight 

Eddie Machen vs. Nino Valdes」

②「Heavyweight 

Eddie Machen vs. Johnny Summerlin」

③「Heavyweight 

Eddie Machen vs. Doug Jones」

 

ソニー・リストン(Sonny Liston)のページ

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ジョー・フレージャー("Smokin'" Joe Frazier)のページ

2026年2月6日金曜日

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

50年代のヘビー級実力者。「レイン  vs. セサール・ブリオン」「ノークス vs. ダニー・ナルディコ(初戦・再戦)」を紹介します。


レックス・レイン(アメリカ)

身長185cm:オーソドックス(右構え)


チャーリー・ノークス(アメリカ)

身長177cm:オーソドックス(右構え)


レックス・レイン 10R 判定 セサール・ブリオン

(ヘビー級戦、1951年2月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

レイン:左ジャブ、右ストレート、フック   

ブリオン:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:レインはユタ州ルイストン出身の白人。第二次大戦中は日本でも従軍。ボクシングを始めたのは軍隊で。アマチュアのリングに上がりながら農業。大会で優勝する実績を上げたが、1948年のロンドン・オリンピックには出場ならず。1949年、プロデビュー(TKO勝ち)。ローカル試合で連勝後、判定で初黒星。その相手に判定で雪辱したり、ローカル王座を獲得したり。1950年11月24日、後に世界王者になるジャージー・ジョー・ウォルコットに3-0の勝利。勢いのある状況でブリオン戦。ブリオンはアルゼンチン・ビヤマリア出身。1946年、プロデビュー(KO勝ち)。連勝後、主戦場をニューヨークに。更に連勝したが、判定で二連敗。直前の試合は元世界王者ジョー・ルイスに判定負け。ロッキー・マルシアノとトレーニングを積んだきたということだが、その実力はいかほどか? ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。攻めるレイン。ワンツーに威力とキレ。左フックからの右ストレート。単発のフックはやや粗い打ち方。ブリオンもワンツー、左フックを出すが、動きのキレがもう一つ。そのため接近戦ではボディの打ち合い、もみ合い、クリンチ。正確なジャブで試合をリードするレイン。ブリオンは右ストレートをかわされる。クリンチが増えていくが、レインはあくまで攻めの姿勢。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。勢いでレイン勝利。連打されるシーンもあったが、タフさでカバー。ブリオンはパンチ自体は良かったが、動きの機敏さに欠けていたのが惜しい。その後の二人。ブリオンはルイスにまたしても判定負け。エザード・チャールズに判定負けするなど勝ったり負けたりに。レインはボブ・サタフィールドらを相手に連勝。しかし、ロッキー・マルシアノ、エザード・チャールズに連続KO負け。その後も多くの試合。チャールズと判定で一勝一敗。しかし、負けが込むようになっていった。)


チャーリー・ノークス 9R TKO ダニー・ナルディコ

(ヘビー級戦、1954年1月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ノークス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナルディコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

2R:右カウンターでナルディコがダウン

3R:右カウンター、左フック、右カウンターで3度、ナルディコがダウン

4R:右ストレートでノークスがダウン

7R:右フックでノークスがダウン

9R:右カウンター、左フックで2度、ナルディコがダウン

(感想:ニューヨーク州ベルローズ出身の白人ノークス。ニックネームは「爆撃機」。1948年のプロデビュー戦は判定負け。「ジョージ・ワシントン」なる選手にはTKO負け。慣れてきたか、連勝。ワシントンにKOで雪辱したが、セサール・ブリオンに負傷TKO負け。連敗、連勝。安定しないキャリアだが、どんな動きを見せるか? ナルディコはオハイオ州ペインズヴィル出身の白人。身長は177cmで、ヘビー級としては小さめ。しかし、高校時代にフットボールで鍛え、アメリカ海兵隊に所属して過酷な経験(結果的に第二次世界大戦と朝鮮戦争の両方に従軍)。ウィリー・ペップの指導を受け、1949年にプロデビュー(引き分け)。勝ったり負けたり後、ライトヘビー級で中堅相手におおむね好調。1952年12月31日、ベテランのジェイク・ラモッタからダウンを奪ってTKO勝ち。(後年、ラモッタの人生を描いた映画『レイジング・ブル』が制作されたが、ナルディコはこの試合のことが映画に出てこなかったため不愉快な気分になったという)。その次の試合は前世界ライトヘビー級王者ジョーイ・マキシムとの対戦で、3-0の敗北。四連勝でノークス戦。フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦。フックがパワフルなノークス。ガードを下げた構えからジャブ、フック。特に斜め下からの右フック、右アッパーに迫力。ナルディコは足で軽くステップを踏みながら左ジャブ、右ストレート、接近して左フック。共に動きのスピードはまずまず。2Rに大きな動き。ノークスの強烈な右フックカウンターがヒット。さらに右フックカウンターでナルディコがダウン。3R、ノークスが右アッパーからの左フック。そして右フックカウンター(&フォローの左フック)でナルディコが三度もダウン。それでも前に出るナルディコ。4Rに左フックを決め、右ストレートでノークスを倒す。これが完全に効いたノークス。以後はディフェンスしながら右パンチで対抗。ナルディコは攻めるが、攻めが正直すぎてディフェンスされがち。7R、右フックでノークスがダウン。その後、耐えるノークス、攻めるナルディコ。9R、右フックカウンター、左フックでナルディコが二度ダウン。それでも立ち上がるナルディコだが、強いフックを連続して食らってレフェリーストップ。なかなかの激戦だった試合。共にパワー。ガードに甘さがあるノークス、正直に攻めるナルディコ。互いのパンチが当たり、熱い試合となった。全体的なパワーはノークス、タフネスはナルディコだった印象。両者は二ヶ月後にダイレクト・リマッチ。ダメージはどうなのか?)


チャーリー・ノークス 10R 判定 ダニー・ナルディコ

(ヘビー級戦、1954年3月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ノークス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナルディコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:再戦。試合地は前回と同じ、フロリダ州マイアミ・ビーチ。開始から攻めるナルディコ。相変わらず真っ直ぐ攻めるが、相手の右カウンターを肩と腕を使ってディフェンス。左フックを当てようとする。ノークスは前回の右が当たらず。しかし、パワー&意外な器用さを披露。打ち下ろす右ストレート、コンビネーション(右アッパーからの左フック。初戦でも見せた)に迫力があり、インサイドからパンチ、隙を突く左フック連打。接近戦ではもみ合いも多い。10R、ノークスの右フックカウンターがヒット。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。再戦はノークスが器用さで勝利。ナルディコは前回の試合をよく研究したのだろうが、真っ正直に攻めるクセ。一流ボクサーは同じ手は二度食わないものだが、ナルディコは少し食った。その後の二人。ナルディコは三試合やって引退。引退後はプロレスにも挑戦。ノークスはブリオンに判定で雪辱したが、エザード・チャールズ、ウィリー・パストラーノ、アーチー・ムーアに判定負け。中堅どころでキャリアを終えた。)


①「Heavyweight 

Rex Layne vs. Cesar Brion」

②「Heavyweight 

Charley Norkus vs. Danny Nardico」

③「Heavyweight 

Charley Norkus vs. Danny Nardico」

 

2025年12月10日水曜日

オベド・サリヴァン(Obed Sullivan)&トレイ・テリグマン(Trey Telligman)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級戦。「サリヴァン vs. グラント、コーパス」「テリグマン vs. ウィギンス、ウィリアムス」を紹介します。


オベド・サリヴァン(アメリカ)

身長191cm:オーソドックス(右構え)


トレイ・テリグマン(アメリカ)

身長188cm:オーソドックス(右構え)


ジョナサン・グラント 4R 判定 オベド・サリヴァン

(ヘビー級4回戦、1994年6月)

オベド・サリヴァン(Obed Sullivan)&トレイ・テリグマン(Trey Telligman)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

グラント:左ジャブ、右ストレート、左右フック   

サリヴァン:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(感想:グラント(ネバダ州。身長203cm)のデビュー戦。試合地はラスベガス「MGM Grand」(大きな舞台でデビュー戦とは。グラントはかなり期待されているようだ。レフェリーは大物カルロス・パディーリャ)。ジャブで相手に圧力をかけるグラント。サリヴァン(ミシシッピ州。これがプロ三戦目(二勝)。アメリカ海兵隊に所属していたことから「戦う海兵隊員」とも呼ばれる(元世界王者ジーン・タニーと同じ))は足を使いながら距離を取ってジャブ、右ストレートで対抗。そのまま体格のアドバンテッジを生かしてグラントが3-0で勝利(ダウンシーンは無し)。グラントは勝ったが微妙な選手。動きがあまり速くないうえに、フックの打ち方もよろしくない感じ。サリヴァンは相手の攻めをかわすので精一杯といった感じの試合ぶり。もっと仕掛けていれば、とも思うが、ボクサータイプであることから押され気味で終わってしまった。しかしながら、グラント。次の試合で判定負け。わずか5試合で引退。)  


オベド・サリヴァン 5R TKO アグスチン・コーパス

(ヘビー級6回戦、2001年3月)

オベド・サリヴァン(Obed Sullivan)&トレイ・テリグマン(Trey Telligman)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

サリヴァン:左ジャブ、右ストレート、フック

コーパス:ジャブ、ストレート、フック   

(感想:グラント戦後、サリヴァンは多くの試合。IBFのインター王座を獲得したり、実力者ハシーム・ラクマン、ビタリ・クリチコ(WBO世界ヘビー級タイトル戦)、デビッド・トゥアに敗れたり。コーパスはメキシコ・モンテレイ出身。主戦場はアメリカで、勝ったり負けたり連敗したり。ペンシルベニア州フィラデルフィアでの一戦。金色トランクスのサリヴァン。ジャブ、ワンツー、左フック。コーパスは攻めの姿勢。接近して左右フックを叩きつけ、サウスポーにスイッチして左ストレート。接近戦。フックでの打ち合い。攻撃の勢いはコーパスの方があるが、サリヴァンはボディ打ちに強さ。4R終了後、コーパスが棄権(ダウンシーンは無し)。映像ではいい勝負をしていたように見えたが、コーパスが突然ギブアップ。ボディが効いたのではないか? コーパスは負けたが、フック攻撃はパワフルで良かった。その後の二人。コーパスはローレンス・クレイ・ベイに敗れるなど多くの敗北。しかし、テキサス州王座(ヘビー級)を獲得できた。サリヴァンは次の試合で北米ヘビー級王座を獲得。世界戦は一度だけだったが、名のある選手と戦えてよかったのではないだろうか。)


トレイ・テリグマン 1R KO ウォルター・ウィギンス

(ヘビー級戦、2001年6月)

オベド・サリヴァン(Obed Sullivan)&トレイ・テリグマン(Trey Telligman)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

テリグマン:左ジャブ、右ストレート、フック

ウィギンス:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:ワンツー、左フックで2度、ウィギンスがダウン

(感想:テリグマン(30歳)はテキサス州フォートワース出身の白人。子供の頃に事故で胸に大怪我(胸部が変型している。正直なところ格闘技をすべきではない状態)。それを克服し、格闘技試合に出場してきた。プロボクシングではこれがデビュー戦となる。ウィギンス(29歳)はテネシー州コヴィントン出身の黒人。これまで三連敗。ミシシッピ州トゥニカでの一戦。互いにジャブ。前進するテリグマン。右ストレートに威力。ウィギンスは相手を警戒して距離を取り、ジャブ。しかし、早くもワンツーでダウン。右ストレートで攻めるテリグマン。ウィギンスはフックで抵抗するが、連打からの左フックで二度目のダウン、10カウント。テリグマンが圧勝。パワフルな勝ち方だった。ウィギンスは引いた試合ぶりで、早々にワンツーを食ってしまった。その後、ウィギンスは何と一度も勝つことなく全敗。0勝17敗で、KO負けは5回だった。) 


ジョナサン・ウィリアムス 1R TKO トレイ・テリグマン

(ヘビー級戦、2001年10月)

オベド・サリヴァン(Obed Sullivan)&トレイ・テリグマン(Trey Telligman)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

テリグマン:左ジャブ、右ストレート、フック

ウィリアムス:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:右フックでテリグマンがダウン

(感想:これまで四連勝のテリグマン。ウィリアムスはワシントン州の白人。デビュー戦に判定負け。これがプロ二戦目。ラスベガスでの一戦。互いにジャブ、右ストレート。右ストレート、左フックがパワフルなテリグマンは攻めの姿勢で連打。しかし、強烈な右フックでダウン。立ったが、レフェリーストップ。それに不満のテリグマン。続行できたかもしれないが、強烈なパンチを食った。しかも、胸の損傷。安全面を考慮してレフェリーは試合を止めたのだろう。ボクシングは攻撃&防御。攻め一辺倒では危ない。勝ったウィリアムスは上手く相手の隙を捉えた。その後の二人。テリグマンは次の試合もKO負けでプロボクシングから撤退。ウィリアムスは勝ったり負けたり。ローカル王座を獲得できたが、ワシリー・ジロフ(元IBF世界クルーザー級王者)にTKO負けで引退。)


①「Heavyweight 

Jonathan Grant vs. Obed Sullivan」

②「Heavyweight 

Agustin Corpus vs. Obed Sullivan」

③「Heavyweight 

Trey Telligman vs. Walter Wiggins」

④「Heavyweight 

Trey Telligman vs. Jonathan Williams」


ビタリ・クリチコ(Vitali Klitschko)のページ 

2025年11月14日金曜日

アレクサンドル・ゾルキン(Alexander Zolkin)&イバン・カーパ(Ivan Kirpa)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ロシアの実力者。「ゾルキン vs. スウィンデル」「カーパ vs. アキノ」「ピーター・ペトロフ vs.  カルデナス」ほかを紹介します。


アレクサンドル・ゾルキン(ロシア)

身長196cm:サウスポー


イバン・カーパ(ロシア)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


アレクサンドル・ゾルキン 12R 判定 フランキー・スウィンデル

(ヘビー級戦、1994年3月)

アレクサンドル・ゾルキン(Alexander Zolkin)&イバン・カーパ(Ivan Kirpa)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ゾルキン:右ジャブ、左ストレート、フック   

スウィンデル:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:WBC13位ゾルキンは大型選手(身長196cm、リーチ208cm)。ロシア・モスクワ出身のサウスポー。アメリカ・マイアミでプロデビュー。以来、連勝だったが元WBA王者トニー・タッブス(東京ドームでマイク・タイソンと対決)に初黒星。全米王座戦では2-1の判定負け。再起戦に勝利して、このスウィンデル戦。スウィンデルはノースカロライナ州出身のタフな黒人。全米王座(ライトヘビー級)を獲得したが、マイケル・モーラーとWBO世界ライトヘビー級王座を争ってTKO負け。チャールズ・ウィリアムスのIBF王座への挑戦もTKO負け。ヘビー級に進出後は勝ったり負けたりで苦戦。直前の試合はヘンリー・アキンワンデに判定負け。ラスベガス「MGM Grand」での一戦(リングアナはマイケル・バッファ)。身長差がある二人。背が低いスウィンデルはその分、ガッチリした体型。ボクサータイプのゾルキンが中間距離でジャブ、ワンツー、右フック。接近して左右フックコンビネーション。手数は多いが、パワーはあまり感じられない。スウィンデルはタフネスに任せて前進。右ストレート、フック攻撃。ディフェンス、手数、隙を突くパンチでゾルキン優勢。打ち下ろすようなチョッピング気味の右フックが個性的。スウィンデルのパンチも時折ヒットするが(4Rほか)、単発。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。手数でゾルキン。アマチュア試合っぽい雰囲気だった。その後のスウィンデル。ヘビー級で多くの試合。負けたが、クリス・バードといった当時の実力者と戦った。)


アレクサンドル・ゾルキン 10R 引分 エリエセール・カスティージョ

(ヘビー級戦、2000年1月)

アレクサンドル・ゾルキン(Alexander Zolkin)&イバン・カーパ(Ivan Kirpa)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ゾルキン:右ジャブ、左ストレート、フック   

カスティージョ:右ジャブ、左ストレート、フック   

(感想:スウィンデル戦後のゾルキン。カール・ウィリアムスを破ったり、北米王座を獲得してバート・クーパー、トニー・タッブス(再戦)を相手に防衛に成功したり。しかし、ヘンリー・アキンワンデのWBO世界ヘビー級王座への挑戦はTKO 負け(1996年)。これまで28勝(18KO)3敗。新鋭カスティージョはキューバ・ハバナ出身の黒人。アメリカに亡命し、1996年プロデビュー(1RでTKO勝ち)。17勝(10KO)1敗。WBC米大陸王座(クルーザー級)などを獲得した実績。ミシシッピ州ベイ・セント・ルイスで行われた一戦。共にサウスポー。動き、使うパンチが似ている。しかも、器用。しかしながら、手数に差が。ジャブが多いゾルキン。時折左アッパーも入れていく。カスティージョも負けじと右でボディを叩いたり、左ストレートをヒットさせたり(7Rほか)。最終ラウンド終了時、カスティージョが両手を上げて喜びの表情で自身の勝利をアピール。判定はドロー。映像ではゾルキンが手数で勝ったように見えたが、カスティージョには手数が少な目でも引き分けに持ち込めるほどパワーがあるらしい。ヘビー級にしては細かい打ち方だったゾルキン。結局、世界王者にはなれず、これが最後の試合に。カスティージョは後、北米王座(ヘビー級)を獲得したが敗北もあり、世界挑戦はできなかった。)


イバン・カーパ 6R TKO フリオ・アキノ

(ウェルター級6回戦、2000年1月)

アレクサンドル・ゾルキン(Alexander Zolkin)&イバン・カーパ(Ivan Kirpa)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

カーパ:左ジャブ、右ストレート、フック   

アキノ:右ジャブ、左ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:左ジャブでアキノがダウン

2R:左フックでアキノがダウン

(感想:カーパはロシア・ロスラヴリ出身の新鋭。これまで7戦全勝(6KO)。ニックネームは「The Terrible」。アキノはドミニカのサント・ドミンゴ出身の黒人サウスポーで、4勝(4KO)1敗。アトランチックシティでの一戦。1R、アキノが慎重姿勢から右ジャブ、左ストレート。カーパはジャブ、ワンツー。左ジャブが入ってアキノがダウン。しかし、レフェリーはこれをスリップ扱い。2R、左フックでアキノがダウン。その後、攻めるカーパ、応戦するアキノ。アキノは右フック、左ボディ打ち、カーパは右ストレート、左フックにパワー。全体的にカーパのパンチがよく当たる。6R、強烈な斜め下からの左フック、右ストレートがヒットしたところでレフェリーストップ。カーパが力強い勝利。ロシア系の選手はテクニックで勝負するタイプが多いが、カーパは強いパンチを当てようとするタイプだった。アキノも良いパンチを持っていたが、どこか慎重姿勢。それが結果となって現れた。その後の二人。アキノは勝ち続けたが、タイトル戦はナシ。カーパは次の試合でロシア王座&WBCの地域王座(スーパーライト級)を獲得。その後も連勝だったが、ブラッドリー・プライスに判定負けで初黒星。キャリア終盤はブランクがち。最後の試合はWBC世界ウェルター級挑戦者決定戦。これに勝利したが、世界挑戦することはなかった。)

   

ピーター・ペトロフ 8R 判定 カルロス・カルデナス

(ライト級戦、2008年7月)

アレクサンドル・ゾルキン(Alexander Zolkin)&イバン・カーパ(Ivan Kirpa)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ペトロフ:左ジャブ、右ストレート、フック   

カルデナス:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:ペトロフはロシア・リャザン出身。主戦場はスペイン。これまで18勝(8KO)2敗2分。WBCの地域王座(スーパーフェザー級)に挑戦したが、引き分け。その次の試合はドイツで判定負け。再起二連勝中。カルデナスはベネズエラ・バリナス出身の黒人で、8勝(3KO)2敗1分。デビュー戦に判定負け。TKO負けが一つ。スペイン・レオンでの一戦。互いにディフェンスしながらワンツー、左フック。似たタイプではあるがパワーでカルデナスが上回り、攻めの姿勢。ペトロフは受けに回ってワンツー、左ボディ打ち、右カウンター。カルデナスは右ストレート、左フックに加えてアッパーにも迫力があるが、ディフェンスされて空転。8R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。ペトロフがボディ打ち、カウンターで勝利。地味な勝ち方だったが、ディフェンスに巧さがあった。カルデナスは残念。終始前進したが、当てさせてもらえず。その後の二人。カルデナスはWBC米大陸王座(スーパーフェザー級)獲得。防衛にも成功。しかし、WBCシルバー王座戦(スーパーフェザー級)でKO負けして以来、負けが増えていった。ペトロフは連勝。しかし、マルコス・マイダナのWBA世界スーパーライト級王座に挑戦してKO負け。NABOライト級王座などを獲得後、WBO世界ライト級王座に挑戦したが、判定負け。世界王座には手が届かなかった。)


①「Heavyweight 

Alexander Zolkin vs. Frankie Swindell」 

②「Heavyweight 

Alexander Zolkin vs. Elieser Castillo」

③「Welterweight 

Ivan Kirpa vs. Julio Aquino」

④「Lightweight 

Petr Petrov vs. Carlos Cardenas」


2025年9月20日土曜日

ダニー・ウィリアムス(Danny Williams)&デレク・チソラ(Dereck Chisora)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

英国ヘビー級。「ウィリアムス vs. ダグラス」「イスラエル・アジョセ vs. ゴールドマン」「チソラ vs. バトリン」ほかを紹介します。


ダニー・ウィリアムス(英国)

身長191cm:オーソドックス(右構え)


デレク・チソラ(ジンバブエ)

身長187cm:オーソドックス(右構え)


ダニー・ウィリアムス 2R KO ブルース・ダグラス

(ヘビー級8回戦、1997年)

ダニー・ウィリアムス(Danny Williams)&デレク・チソラ(Dereck Chisora)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ウィリアムス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ダグラス:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:左フックでダグラスがダウン

2R:ワンツーでダグラスがダウン

(感想:ロンドン出身の黒人ウィリアムス。デビュー以来、10連勝。ダグラスはアメリカの白人(ジョージア州バルドスタ出身)。連勝中だったが、直前の試合でブライアン・ニールセン(デンマーク)に1RでKO負け。英国ブリストルでの一戦。1R、バタバタした左右フックで先制攻撃のダグラス。攻めるときのディフェンスができておらず、バランスがよろしくない。ウィリアムスは打ち下ろすようなワンツー、左ボディ打ち。左フックでダグラスがダウン。2Rにはワンツーでダウン。立てず、KO。ウィリアムスがパワーで快勝。勝っても自慢にならない相手であったが、パワフルな打ち方、バランスが良かった印象。その後、ダグラスは全試合KO負け。)


ダニー・ウィリアムス 12R 判定 キース・ロング

(英国・英連邦ヘビー級タイトル戦、2002年)

ダニー・ウィリアムス(Danny Williams)&デレク・チソラ(Dereck Chisora)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ウィリアムス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ロング:フック   

(感想:ウィリアムスがタイトル防衛。ダグラス戦後のウィリアムス。更に連勝でWBOインターコンティネンタル王座を獲得したが、その次の試合で判定負け(初黒星)。英連邦王座、次いで英国王座を獲得。二つの王座を懸けてロングと防衛戦。これまで26勝(22KO)1敗、29歳。挑戦者ロング(34歳)もまたロンドン出身の黒人で、7勝(2KO)1敗1分。経験で大きく王者に劣り、タイトル戦はこれが初めて。ロンドンのベスナル・グリーンでの一戦。ウィリアムスが良いパンチ。手首のスナップが効いたパワフルな左右フック、右アッパー。しかしながら、ロングがしつこく接近戦を仕掛ける。まるでマイク・タイソンのようにウィリアムスに密着してフック、アッパー。3Rに右フック、右アッパーを決め、ウィリアムスがクリンチ。その後も超接近戦。密着されて巧く打てないシーンもあるウィリアムスだが、時折フック連打をまとめる。ロングは相手との距離が近すぎて攻撃が単発に。11R、中間距離からウィリアムスが右ストレート、フック。その後も密着戦。12R終了。それと同時にレフェリーはウィリアムスの手を上げた(PTSによる判定)。ウィリアムスがパワーで勝利。しかし、相手に接近されすぎ。足とジャブで距離を取れないシーンが多かったのはマイナスではないか? よく前に出たロングはパンチ自体は悪くなかった。相撲ばりに相手に近づきすぎて強打を巧く生かせなかったのが惜しい。その後の二人。ロングはWBCインター王座戦、英国&英連邦王座戦に敗北。王座には縁が無かった。ウィリアムスは次の試合で欧州王座を狙ったが、TKO負け。英国王座、英連邦王座も防衛後、陥落。全盛を過ぎたマイク・タイソンにKO勝ち。ビタリ・クリチコのWBC王座に挑戦してTKO負け。以降も多くの地域王座戦。世界王者にはなれなかったが、多くの試合をこなした。)


イスラエル・アジョセ 1R KO ザック・ゴールドマン

(ヘビー級4回戦、1997年1月)

ダニー・ウィリアムス(Danny Williams)&デレク・チソラ(Dereck Chisora)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アジョセ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ゴールドマン:右ジャブ、左ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:ワンツーでゴールドマンがダウン

(感想:英国同士の試合。これがプロ二戦目の黒人アジョセ。ナイジェリアにルーツがあるユダヤ系で、アマチュアで活躍経験。ゴールドマンは白人。「BOXREC」の記録によると勝ち星が無い選手。英国ロンドンのベスナル・グリーンでの一戦。左のガードを下げた構えからジャブ、ワンツーを打つアジョセ。サウスポーのゴールドマンは右ジャブ、左ストレート、接近してフック。腰を振ったりして相手を挑発するアジョセ。ワンツーでゴールドマンを倒す。そのままKOとなり、あっけなく終わった。アジョセの構えや態度は少しいただけないような気もするが、実力差があった。ゴールドマンはこれがラストファイトに。アジョセは敗北もあり、その後、タイトル戦に出場することはなかった。)


デレク・チソラ 4R 判定 ポール・バトリン

(ヘビー級戦、2008年1月)

ダニー・ウィリアムス(Danny Williams)&デレク・チソラ(Dereck Chisora)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

チソラ:左ジャブ、右ストレート、左右フック   

バトリン:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(感想:デビューから連勝でプロ四戦目のチソラはジンバブエ出身の黒人で、英国国籍。バトリンは英国の白人で、これまで勝ったり負けたり。ロンドンのベスナル・グリーンでの一戦。ジャブ、ストレートで攻めるバトリンだが、動きのスピード、パンチのキレはそこそこ。チソラ(ユニオンジャックのトランクス)は足を使って距離を取ったりしながらジャブ、コンビネーション(左フックからの右ストレート、ボディ連打からの右アッパー、など)。真っ直ぐ攻めてくるバトリンをかわして連打するチソラ。4R終了と同時にレフェリーはチソラの手を上げた(PTSによる判定。ダウンシーンは無し)。チソラはちょっと足を使いすぎ。それほどスピードのある相手ではないにもかかわらず、攻撃がやや中途半端だった。再戦もチソラが判定勝利。後、チソラはビタリ・クリチコのWBC王座に挑戦して判定負けしたが、WBAやWBOのインター王座を獲得。バトリンは地域王座を獲得できたが、負け数の方が多いキャリアになった。)


①「Heavyweight 

Danny Williams vs. Bruce Douglas」

②「British & Commonwealth Boxing Council Heavyweight Title

Danny Williams vs. Keith Long」

③「Heavyweight 

Israel Ajose vs. Zak Goldman」

④「Heavyweight 

Dereck Chisora vs. Paul Butlin」

 

2025年9月3日水曜日

シャーマン・ウィリアムス(Sherman Williams)&ドミニク・グイン(Dominick Guinn)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級中堅選手。「ウィリアムス vs. マーティン、サイクス」「グイン vs. ムーア、ホーキンス」を紹介します。


シャーマン・ウィリアムス(バハマ)

身長180cm:オーソドックス(右構え)


ドミニク・グイン(アメリカ)

身長188cm:オーソドックス(右構え)


トミー・マーティン 10R 判定 シャーマン・ウィリアムス

(ヘビー級戦、1999年)

シャーマン・ウィリアムス(Sherman Williams)&ドミニク・グイン(Dominick Guinn)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

マーティン:左ジャブ、右ストレート、フック   

ウィリアムス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:白人のマーティン(アメリカ)はこれまで14勝(12KO)2敗。身長196cmの大型選手で、アマチュア時代にタイトルを獲ったことがある。しかし、直前の試合はホルヘ・ルイス・ゴンザレス(キューバ)にTKO負け。黒人ウィリアムスはバハマ出身で14勝(11KO)3敗。このところ二連勝中。モントリオールでの一戦。初回から攻めるウィリアムス。ジャブを連打して猛烈な左右フック。マーティンはややアップライトな姿勢でジャブ、フック。ひたすら前進するウィリアムスにマーティンは足とジャブで距離を取ろうとする。さすがに疲れたか、終盤は互いにクリンチが目立つ。10R終了。判定は3-0でマーティン。映像では攻めたウィリアムスが勝ったように見えた。リングサイドのジャッジには応戦するマーティンのパンチの方が正確に入っているように見えたのだろう。その後、マーティンは連勝を続けたが、レイモン・ブリュースターと地域王座を争って3RでTKO負け。それがラストファイトに。王座とは無縁のキャリアだった。)


タウラス・サイクス 10R 判定 シャーマン・ウィリアムス

(ヘビー級戦、2002年)

シャーマン・ウィリアムス(Sherman Williams)&ドミニク・グイン(Dominick Guinn)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

サイクス:左ジャブ、右ストレート、フック

ウィリアムス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:ニューヨークの黒人サイクス。ニックネームは「The Bull」。これまで19勝(5KO)1敗。ウィリアムスは20勝(13KO)6敗1分。マーティン戦後、オベド・サリバンと空位のNABF王座を争って2-1で判定負けしている。ワシントン州タコマでの一戦。共に黒人。体型も似ているうえ、同じ黒のトランクス。互いにジャブ。しかし、その後がよろしくない。互いに動きの機敏さに欠け、攻めてはクリンチ。接近戦ではもみ合い、ボディ打ち。フックで攻めるサイクスだが、動きのスピードがウィリアムスと同じくらいなためすぐにもみ合い、クリンチ。それを繰り返して10R終了。判定は3-0。攻めたサイクスの勝ちなのは間違いないところではあるが、心情的には「引き分けでもよい」「10回戦ではなく4回戦で十分」と思ったほど盛り上がりに欠けた内容だった。その後の二人。サイクスはNABA王座を獲得したが、サミュエル・ピーターにKO負けで王座陥落。以後は敗北が多くなっていった。ウィリアムスはWBAの地域王座を獲得するなど息の長いキャリアとなった。)


ドミニク・グイン 4R 判定 アンソニー・ムーア

(ヘビー級戦、2000年)

シャーマン・ウィリアムス(Sherman Williams)&ドミニク・グイン(Dominick Guinn)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

グイン:左ジャブ、右ストレート、フック   

ムーア:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:アーカンソー出身のグイン。9歳でボクシングを始め、優秀な成績。ところがギャングのメンバーでもあり、刑務所へ。出所後もアマチュアで活躍。そしてプロへ。デビュー以来、六連勝。ムーアはシアトル出身。西島洋介に判定負けしたことがあり、このところ連敗中。ラスベガスでの黒人同士の一戦。ジャブを連打するグイン。やや慎重姿勢ではあるが、右ストレートにキレがある。ムーアもジャブ。左フックにパワーがあるが、ディフェンスに甘さ。接近戦では互いにクリンチ多し。4R、左フック、右ストレートを連続ヒットさせるグイン。判定は3-0。戦力的には似たような二人。ディフェンスの差で勝負がついた。その後、ムーアは勝ち星ナシでキャリア終了。)


ロバート・ホーキンス 10R 判定 ドミニク・グイン

(ヘビー級戦、2007年)

シャーマン・ウィリアムス(Sherman Williams)&ドミニク・グイン(Dominick Guinn)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

グイン:左ジャブ、右ストレート、フック

ホーキンス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:ムーア戦後、グインは勝ち続けたが、ジェームス・トニーとIBA王座を争って敗れたりするなど次第に勝ったり負けたりに。直前の試合では判定負けを喫しており、これが再起戦となる。ホーキンスはフィラデルフィア出身で、ガッチリした体。「IBU」なる団体の王座を獲得したり、NABA王座戦でサミュエル・ピーターに敗れたりといったキャリア。カナダ・リッチモンドでの一戦(会場であのジョー・フレージャーが観戦)。グインが素晴らしい立ち上がり。速いジャブ、パワーのありそうな右ストレート。フックも器用に使う。ホーキンスはひたすら相手に密着してフック、ボディ打ち。次第に相撲のような試合に。もみ合い、クリンチ。時にはラウンドの最初からクリンチ。超接近戦でフックを打つホーキンス。グインはどういたらいいのかわからないといった感じの試合ぶり。盛り上がらないまま10R終了。判定は3-0。典型的なダメな重量級の試合。互いにスタミナ切れで攻撃が続かないパターン。グインは素晴らしい素質の持ち主だが、これはいただけない。セコンドのロニー・シールズ、フレージャーはグインを見てどう思っただろう? その後、グインは中堅どころでキャリア終了。ホーキンスはグイン戦後は全敗だった。)


①「Heavyweight 

Tommy Martin vs. Sherman Williams」

②「Heavyweight 

Taurus Sykes vs. Sherman Williams」

③「Heavyweight 

Dominick Guinn vs. Anthony Moore」

④「Heavyweight 

Dominick Guinn vs. Robert Hawkins」

 

2025年7月31日木曜日

アダム・リチャーズ(Adam Richards)&ゲイブ・ブラウン(Gabe Brown)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級。「リチャーズ vs. ギルバート、ベリーマン」、「ブラウン vs. ギルバート、レナート」を紹介します。


アダム・リチャーズ(アメリカ)

身長188cm:オースドックス(右構え)


ゲイブ・ブラウン(アメリカ)

身長188cm:オースドックス(右構え)


アダム・リチャーズ 2R TKO ルイス・ギルバート

(ヘビー級4回戦、2001年3月)

アダム・リチャーズ(Adam Richards)&ゲイブ・ブラウン(Gabe Brown)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

リチャーズ:左ジャブ、右ストレート、フック

ギルバート:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:左ジャブカウンターでリチャーズがダウン

2R:左フックでギルバートがダウン

(感想:リチャーズ(20歳)はテネシー州スマーナ出身。アマチュア王者からプロへ。これがデビュー戦。ギルバート(33歳)はミシシッピ州トゥーペロ出身の黒人で、3勝(1KO)6敗。ペンシルベニア州フィラデルフィアでの一戦。突き刺すようにジャブを出すギルバート。トリッキーで大きな動き、振りの大きいパンチ。リチャーズはガードをしっかり固めて前進するが、左ジャブがカウンターで入ってダウン。しかし、基本的な巧さはリチャーズ。パワフルな右ストレート、左ボディ打ち。2R、コーナー付近での左フックでギルバートがダウン。立ったが、ストップ。リチャーズが強打で勝利。ダウンを食ったジャブ以外にも打たれるシーンがあり、プロとして経験を積んでいかなければならない未完成さがあった。ギルバートはバタバタした隙の大きいボクシング。冷静に隙を突いてくる相手には勝てない根本的な欠点があった。)


アダム・リチャーズ 2R KO マイロン・ベリーマン

(ヘビー級4回戦、2001年4月)

アダム・リチャーズ(Adam Richards)&ゲイブ・ブラウン(Gabe Brown)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

リチャーズ:左ジャブ、右ストレート、フック

ベリーマン:ジャブ、ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:右ストレートでベリーマンがダウン

2R:左アッパーでベリーマンがダウン

(感想:リチャーズのプロ二戦目。ベリーマン(32歳)はオハイオ州の黒人。デビューから二連続KO負け。イリノイ州エルジンでの一戦。1R、アップライトな姿勢で真っ直ぐ攻めるベリーマン。ディフェンスに甘さ。リチャーズは強引に仕掛ける。パンチ自体はいいが、大振りのパンチを食ったりする。サウスポーにスイッチするベリーマンだが、左フックを食う。そして、左フックからの右ストレートでダウン。2R、バックハンドをレフェリーに警告されるベリーマン。強烈な左アッパーでダウン。立てず、KO。リチャーズがパワーで勝利。しかし、この選手は不用意に打たれる。ディフェンスが課題。ベリーマンはバタバタした動きでド下手な選手。一体、誰からボクシングを習ったのだろう? ホントにプロのライセンスを持っているのだろうか? アメリカでは不正にライセンスが発行される場合もあるというが・・・。その後の二人。ベリーマンは次の試合にKO勝ち。しかし、その後は負けが多く、敗北は全てKOだった。リチャーズは次の試合でTKO負け、初黒星。連勝後、TKO負け。マルコ・フックのWBO世界クルーザー級王座に挑戦するチャンスを得たが、3RでKO負け。それを最後に引退。)


ゲイブ・ブラウン 3R KO ルイス・ギルバート

(ヘビー級戦、2001年6月)

アダム・リチャーズ(Adam Richards)&ゲイブ・ブラウン(Gabe Brown)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ブラウン:左ジャブ、右ストレート、フック

ギルバート:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

3R:連打でギルバートがダウン

(感想:ブラウン(29歳)はフロリダ州ペンサコーラ出身の黒人で、ニックネームは「Big G」。これまで8連勝(5KO)。ギルバート(33歳)はリチャーズに敗れて3勝(1KO)7敗。ミシシッピ州トゥニカでの一戦。何とも個性的な体型のブラウン。ハラが出て、たるんでいる。ただ、動きは悪くなく、ジャブから入っていく。ギルバートは相手の巨体を警戒して足で距離を取り、ジャブ。そして、打ってはクリンチ。やはりブラウンは太り過ぎ。ムダな贅肉のせいで腰の回転が悪く、フックが手打ち気味で不正確。3R、ゴツい連打でギルバートがダウン。立てず、10カウント。ブラウンが強引に勝利。良いパンチもあったが、雑なシーンも。ギルバートはそんな相手の隙を突けるレベルの選手ではなかった。その後のギルバート。勝ったり負けたり。あのバタービーンと引き分け後、四連敗で引退。)


ジョー・レナート 6R 判定 ゲイブ・ブラウン

(ヘビー級戦、2001年8月)

アダム・リチャーズ(Adam Richards)&ゲイブ・ブラウン(Gabe Brown)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ブラウン:左ジャブ、右ストレート、フック

レナート:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

5R:右ストレートでレナートがダウン

(感想:ブラウンのギルバート戦の次の試合。レナートはオハイオ州クリーブランド出身の白人。これまで5勝(2KO)10敗1分で、パッとしない戦績。このところ二連敗中。ウェストバージニア州チェスターでの一戦。ジャブを使うレナート。太り過ぎのブラウンはスタミナ切れ。前進してフックを振るうが、攻撃が続かない。5R、左フックからの右ストレートでレナートがダウン(見事なコンビネーションだった)。しかし、レナートは立ち上がり、体勢を立て直す。6R終了。判定は2-1。レナートがジャブで勝利。初黒星のブラウン。長いラウンドになってくると勢いが落ちる欠点。ハラがダブついた身体を絞るのは不可能か? その後の二人。レナートはアルフレッド・コールに判定負けするなど多くの敗北。ブラウンはクリフォード・エティエンヌにTKO負け、WBC米大陸王座に挑戦して1RでTKO負け。最後は連敗続きで引退。一定のレベル以上の実力者には勝てなかった。)


①「Heavyweight 

Adam Richards vs. Lewis Gilbert」

②「Heavyweight 

Adam Richards vs. Myron Berryman」

③「Heavyweight 

Gabe Brown vs. Lewis Gilbert」

④「Heavyweight 

Gabe Brown vs. Joe Lenart」

 

2025年6月28日土曜日

ランス・ウィテカー(Lance Whitaker)&マイケル・グラント(Michael Grant)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級有望株。「ウィテカー vs. デビッド・ディクソン、ロバート・デイビス」「グラント vs. デイビス」ほかを紹介します。


ランス・ウィテカー(アメリカ)

身長203cm:オーソドックス(右構え)

ランス・ウィテカー(Lance Whitaker)&マイケル・グラント(Michael Grant)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

マイケル・グラント(アメリカ)

身長201cm:オーソドックス(右構え)

ランス・ウィテカー(Lance Whitaker)&マイケル・グラント(Michael Grant)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ロバート・デイビス 5R TKO トム・グレスビー

(ヘビー級戦、1999年12月)

デイビス:左ジャブ、右ストレート、フック   

グレスビー:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

5R:連打でグレスビーがダウン

(感想:有望なヘビー級同士の対決。デイビス(オハイオ州)はこれまで17戦全勝(10KO)の黒人。グレスビー(カナダ)はガッチリした体型の白人で24勝(19KO)1敗1分。アマチュアで活躍。ソウルとバルセロナで二度のオリンピック経験(スーパーヘビー級。メダルは獲得ならず)。プロではカナダ王座を獲得している。テキサス州コーパス・クリスティでの一戦。ジャブを連打するデイビス。接近して左右フック。グレスビーはジャブを正確に当てようとするタイプで、左フックからの右ストレートといったコンビネーションを使う器用さがある。しかしながら、パンチのキレ、ジャブの伸びでデイビスが少しずつ上回る。正確なジャブに追い込まれていくグレスビー。5Rにホールドで減点。ラウンド終了間際、ロープ際で連打を浴びてダウン。立ったが、戦意喪失気味でレフェリーストップ。伸びのあるジャブでデイビスが勝利。ゴツい身体のグレスビーは動きの機敏さに欠け、顔がキズと腫れで酷い有様になってしまった。その後、グレスビーは三試合やって引退。最後の試合の相手はルー・サバリースで、3RでのTKO負けだった。)


ランス・ウィテカー 1R 反則 デビッド・ディクソン

(ヘビー級戦、2000年)

ウィテカー:左ジャブ、右ストレート、左右フック

ディクソン:左右フック

(ダウンシーン)

1R:右ボディで3度、ディクソンがダウン

(感想:ウィテカーはカリフォルニア州グラナダヒルズ出身。これまで20勝(17KO)1敗。デビュー以来、連戦連勝だったが、ルー・サバリースに2-1の判定負け。巻き返しを図りたいところ。ディクソンはミズーリ州セントルイス出身。トニー・タッカーに1RでKOされているが、21勝(19KO)3敗2分でKO率は高い。ラスベガスでの一戦。ディクソンが先制攻撃。パワフルな左右フックを叩きつけるように打っていく。ウィテカーはジャブを使いながら応戦。レフェリー(リチャード・スティール)からローブローを注意されるディクソン。ウィテカーが右ボディでディクソンを三度ダウンさせる。またしてもディクソンがローブロー。1Rで反則負け。良いフックを打っていたディクソンだがローブロー連発。映像では角度的によく見えなかったが、ダウンを奪ったウィテカーの右ボディも低かったような感じ。ローブローにローブローで返した、ということだったのかもしれない。ディクソンはこれがラストファイトに。)


ランス・ウィテカー 2R KO ロバート・デイビス

(ヘビー級戦、2000年)

ウィテカー:左ジャブ、右ストレート、左右フック

デイビス:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(ダウンシーン)

2R:連打、右フック、右フックで3度、デイビスがダウン

(感想:22連勝(14KO)のデイビス。北米王座を獲得したり、古豪グレグ・ペイジにTKO勝ちしたり。コネチカット州アンカスビルで戦績が良い者同士の「ライバル戦」。共にジャブ、右ストレート。ウィテカーは遠心力を生かすような振りの大きいフック。デイビスはパワーを込めたフック。互いにボディ攻撃。2R、ウィテカーが大きく振った右フックがヒットしてデイビスが大ピンチ。連打、右フック、右フックで三度倒れて、KO。体格で勝るウィテカーが右フック&ディフェンスで圧勝。デイビスは悪い選手ではないが、ヘビー級は大きな体格差の試合も行われる危険なクラス。よく攻めたが、ブロックされてしまった。快勝のウィテカー。後、WBC米大陸ヘビー級王座を獲得したが、世界王座には届かなかった。)


マイケル・グラント 3R TKO ロバート・デイビス

(ヘビー級戦、2002年)

グラント:左ジャブ、右ストレート、左右フック

デイビス:左ジャブと左右フック

(ダウンシーン)

3R:右ストレートでデイビスがダウン

(感想:グラントはイリノイ州シカゴの黒人。コーリー・サンダース、ホルヘ・ルイス・ゴンザレスなどを相手に連戦連勝だったが、レノックス・ルイスの世界王座に挑戦してKO負け。コネチカット州マシャンタケットでの一戦。身長差がある二人。デイビスも小さくはないが(191cm)、グラントがアップライトな姿勢のため、差を感じる。開始から接近戦。大きい割には器用なグラント。ジャブを連打して、ワンツー、左右フック。デイビスは重そうなジャブ、フックで応戦。器用さでグラント、パワーでデイビス、といったところか。接近戦は共にあまり得意ではない様子でクリンチ、もみ合い。3R、ラッシュするグラント。回転の速い連打からの右ストレートでデイビスをダウンさせる。デイビスは立ったが、右を打たれたところでストップ。デイビスはストップに不満のようだったが足に来ていたため、ストップは妥当なところ。グラントが速いパンチで勝利。後、グラントはフランソワ・ボタに勝利して空位のWBF王座獲得。ただ、メジャー団体の世界王座は獲得できず。トップに立つにはややパワー不足だったか。デイビスはウィテカーに初黒星後はマイケル・モーラーに負けるなど勝ったり負けたり。ウィテカー戦で勢いが落ちてしまったようだ。)、


①「Heavyweight 

Robert Davis vs. Tom Glesby」

②「Heavyweight 

Lance Whitaker vs. David Dixon」

③「Heavyweight 

Lance Whitaker vs. Robert Davis」

④「Heavyweight 

Michael Grant vs. Robert Davis」

 

2025年6月13日金曜日

ロン・ライル(Ron Lyle)②「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ヘビー級の強打者。世界王座に近づいた男。ビル・ドローバー戦、ジェリー・クォーリー戦を紹介します。

ロン・ライル(Ron Lyle)②「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ロン・ライル(アメリカ)

身長191cm:オーソドックス(右構え)


ロン・ライル 2R KO ビル・ドローバー

(ヘビー級戦、1971年)

ライル:左ジャブ、右ストレート、フック

ドローバー:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

2R:左フックでドローバーがダウン

(感想:パワフルな黒人ライル。ドローバー戦はデビューして間もない全勝中だった頃の試合。ドローバーはスコットランド出身の白人で、カナダ国籍。1966年にデビュー。連勝したかと思えば連敗したりの中堅どころ。ジョー・バグナーと引き分け後、三連敗。直前の試合はカナダでKO勝ち。コロラド州デンバーでの一戦。共に慎重な立ち上がり。ガードを上げてジャブ。ドローバーが左ボディ打ち。2R、攻めるライル。強烈な右アッパーからの左フックでドローバーがダウン。立てず、KO。ヘビー級の恐ろしさが見られた試合。何とも剛腕なライル。ゴツいパンチで相手をぶっ飛ばした。ドローバーは「踏み台」にすぎず、その後、アーニ・テレルに1RでTKO負けするなど、さらに負けが込むようになっていった。)


ジェリー・クォーリー 12R 判定 ロン・ライル

(ヘビー級12回戦、1973年)

ライル:左ジャブ、右ストレート、フック

クォーリー:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:ドローバー戦後のライル。元WBA世界ライトヘビー級王者ビセンテ・ロンドンを2Rで仕留めるなど連勝。クォーリーはカリフォルニア出身のタフな白人。二度の世界戦(ジミー・エリス、ジョー・フレージャー)、モハメド・アリとの二試合、フロイド・パターソン戦など経験豊富。上昇中のライルのパワーか、クォーリーのパワー&経験か、といったところ。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。共に足でリズムを取ってジャブ。左フックが得意のクォーリーは左フックからの右ストレート、ライルは右ストレートを「ゴツン」といった感じで当てる。接近戦。両者フック、ボディ打ち。共にパワーファイターだが、攻めるライル、応戦するクォーリー、のパターン。ディフェンス、パワーでややライルが上か? フック、アッパーでの接近戦が続く。クォーリーがコンビネーション(右アッパーからの左フック、ほか)を見せる。8R、左フックを食ってライルがロープ際に後退。しかし、パワーで反撃。その後も最後まで接近戦での打撃戦が続いて12R終了。両手を上げて勝利をアピールするクォーリー。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。一進一退だった試合。映像ではライルがゴツい左フックとディフェンスで勝ったように見えたが、クォーリーのコンビネーション、左ボディ打ちがジャッジに評価されたようだ(「経験」でクォーリー勝利)。その後のクォーリー。アーニー・シェイバースに勝利したが、フレージャーとの再戦、ケン・ノートンとの北米王座戦に敗れて三度目の世界挑戦ならず。)


その後のライル

オスカー・ボナベナ、ジミー・エリスらに連勝。ジミー・ヤングに判定負けし、その再起戦でアリの世界王座に挑戦したがTKOで二連敗。アーニー・シェイバースに勝利、ジョージ・フォアマンにKO負け、ヤングに再び判定負け、ジョー・バグナーに判定勝ち。ピークを過ぎ、ゲーリー・クーニーに1RでKO負け。引退したが、1995年にカムバック。中堅相手に四連続KO勝ちで引退。引退後はジムを経営していたが、胃を痛めて急死(2011年)。70歳で生涯を終えた。


①「Heavyweight 

Ron Lyle vs. Bill Drover」

②「Heavyweight 

Ron Lyle vs. Jerry Quarry」


ロン・ライル(Ron Lyle)のページ

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ジェリー・クォーリー(Jerry Quarry)のページ

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スコット・ルドー(Scott LeDoux)①のページ 

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ゲーリー・クーニー(Gerry Cooney)のページ

2025年5月30日金曜日

パオロ・ビドス(Paolo Vidoz)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

欧州ヘビー級王者。ニック・ナース戦、ズーリ・ローレンス戦、ボロディミール・ベルヘス戦を紹介します。

パオロ・ビドス(Paolo Vidoz)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

パオロ・ビドス(イタリア)

身長191cm:オーソドックス(右構え)


パオロ・ビドス 6R 判定 ニック・ナース

(ヘビー級戦、2001年11月)

ビドス:左ジャブ、右ストレート、フック

ナース:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:ビドスはイタリア・ゴリツィア出身。アマチュアで豊富な経験。2000年シドニー・オリンピックではスーパーヘビー級で銅メダル。プロではアメリカを主戦場にこれまで6連勝(4KO)。ナースはニューヨーク・ブロンクス出身の黒人で、7勝(5KO)4敗1分。このところ二敗一分。テキサス州サン・アントニオでの一戦。ジャブで攻めるナース。右パンチが武器らしく、思い切りの良い打ち方で右ストレート、左フック。ビドスはヨーロッパ人らしい堅実なボクシング。距離を保ちながらジャブ、ワンツー。左フックをボディからアゴへ打ち込むなど左にテクニック&パワー。正確なジャブでビドスがポイント上、優勢。ナースの豪快な右パンチはディフェンスされる。6R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。ビドスが左のテクニックで勝利。ヨーロッパはテクニック主体の淡泊な試合をする選手が多いが、ビドスには力強さもあった。ナースは一発狙い的な攻撃。ディフェンスができる相手にそれは通じない。その後のナース。再起戦にTKO勝ちしたが、二連続KO負けで引退。)


ズーリ・ローレンス 8R 判定 パオロ・ビドス

(ヘビー級戦、2002年)

ローレンス:左ジャブ、右ストレート、フック

ビドス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:デビュー以来、11連勝のビドス。イタリア王座を獲得し、アメリカのリングへ。ニューヨークの黒人ローレンスは連敗したこともあったが、このところ連勝中。アトランチックシティ「Trump Taj Mahal」での一戦。アップライトスタイルのローレンス。スラリとした体型から速いジャブ、ワンツーからの左フック。ビドスは残念。動きが重く、器用さに欠ける。1Rから右ストレートをヒットさせるローレンスだが、ビドスは次第にパンチにパワーとキレが。正確に当てようとする打ち方で、左ボディ打ちがパワフル。しかし、スタミナ不足。攻めるが長続きせず、クリンチ。互いにディフェンスし合うため、大きなパンチはヒットせず。8R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。決め手に欠けるヘビー級戦。大きい選手はそれだけスタミナの消耗が早く、激しいということか。その後、ローレンスはWBOのインター王座、北米王座に挑戦したが、王座獲得ならず。)


ボロディミール・ベルヘス 12R 判定 パオロ・ビドス

(欧州ヘビー級タイトル戦、2007年)

ベルヘス:左ジャブ、右ストレート、フック

ビドス:左ジャブ、右ストレート、左フック

(感想:ベルヘスがタイトル防衛。ウクライナ出身の王者ベルヘスは身長194cmの大型。これまで22勝(19KO)1敗。デビュー以来、連戦連勝でIBFやWBOのインターコンティネンタル王座を獲得したが、ルスラン・チャガエフに初黒星。その再起戦でビドスから欧州王座獲得。ビドスは23勝(12KO)3敗。「巨人」ニコライ・ワルーエフとWBAインター王座を争ってTKO負けしたが、欧州王座、IBFインター王座を獲得・防衛。KOで欧州王座をベルヘスに奪われ、奪回を目指す状況。ドイツのハンブルク=アルトナでの一戦。共にガードを上げてジャブ。ベルヘスはアップライトなスタイルからワンツー、接近してフック。ビドスは左ジャブ、左フックといった左パンチで対抗。しかしながら、どちらも動きは速くない。パンチのスピードはビドスの方があり、8Rには左フックを決める。しかし、右フックを時折ヒットさせるなど手数でベルヘスがポイント上、優勢に見える。12R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。手数でベルヘス。ただ、どちらも動きの機敏さに欠け、そのため攻撃が続かない残念なところがあった。後、ビドスは欧州王座戦に数度出場したが、全敗で王座返り咲きならず。ベルヘスはWBC世界ヘビー級王座挑戦者決定戦に敗北。ベルヘス、ビドスは共に世界王座に挑戦することなくリングを去った。)


①「Heavyweight 

Paolo Vidoz vs. Nick Nurse」

②「Heavyweight 

Zuri Lawrence vs. Paolo Vidoz」

③「EBU Heavyweight Title

Volodymyr Vyrchys vs. Paolo Vidoz」

 

2025年5月28日水曜日

セルゲイ・リャコビッチ(Serguei Lyakhovich)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

WBO世界ヘビー級王者。ドナルド・メイコン戦、トレーシー・ウィルソン戦、セドリック・フィールズ戦を紹介します。

セルゲイ・リャコビッチ(Serguei Lyakhovich)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

セルゲイ・リャコビッチ(ベラルーシ)

身長193cm:オーソドックス(右構え)


セルゲイ・リャコビッチ 2R KO ドナルド・メイコン

(ヘビー級4回戦、1999年)

リャコビッチ:左ジャブ、右ストレート、左フック   

メイコン:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

2R:右フック、左フックで2度、メイコンがダウン

(感想:リャコビッチはベラルーシ出身。ニックネームは「White Wolf」。アマチュアで実績。プロデビュー戦でベラルーシ王座を獲得。主戦場をアメリカへ。これまで全勝。バージニア出身の黒人メイコンは中堅どころ。ミシシッピ州トゥニカでの一戦。左のガードを少し下げた構えからジャブを打つリャコビッチ。左ボディ打ちがシャープでパワフル。メイコンもジャブ、連打を打つが、ディフェンスができていないバタバタした打ち方。2R、左フックが効いたメイコン。左フックからの右フックでダウン。立ったが、左フックで二度目のダウン。倒れると同時にレフェリーは試合をストップした。リャコビッチが圧勝。ディフェンスができない相手に勝ったところで自慢にはならないが、左ボディ打ちの巧さ、パワーがあるところを披露した。その後、メイコンは「4回戦ボクサー」としてキャリアを終えた。)


セルゲイ・リャコビッチ 2R KO トレーシー・ウィルソン

(ヘビー級4回戦、2000年)

リャコビッチ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ウィルソン:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

2R:左フック、左ボディフックで2度、ウィルソンがダウン

(感想:これまで7連勝(6KO)のリャコビッチ。メイコン戦の次の試合も4回戦。ウィルソンはラスベガスの選手で、3勝(1KO)3敗。ラスベガスでの一戦。星条旗トランクスのウィルソン。身長はリャコビッチの方が高いが、ジャブから入るなど戦い方が似ている。共にジャブ、ストレート、左右フック。1Rに突然停電するハプニング。2R、二度のダウンで終了。体格差とパンチを当てる巧さでリャコビッチが勝利。ただ、動きのスピードはそれほどでもなかったような気がする。ウィルソンは次の試合でもリャコビッチに敗れ、引退。)


セルゲイ・リャコビッチ 8R 判定 セドリック・フィールズ

(ヘビー級戦、2001年4月)

リャコビッチ:左ジャブ、右ストレート、フック

フィールズ:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:これまで13連勝(9KO)のリャコビッチ。フィールズはバージニア州リッチモンド出身の黒人で14勝(11KO)12敗。デビューから三連敗、オレグ・マスカエフにTKO負け、シャノン・ブリッグスに判定勝ち、オリバー・マッコールに判定負け。中堅どころの選手であるが、粘り強さがある。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。互いにジャブ、接近戦でフック、ボディ打ち。1R終了後、リャコビッチがフィールズを小突いてフィールズがエキサイト。ディフェンスしながらの打ち合い。当てる巧さ(特に右アッパーが印象的)でリャコビッチが少し優勢。4R終わりにもリャコビッチがフィールズを小突き、フィールズがリャコビッチに掴みかかるハプニング(フィールズが2ポイント減点されたそうだ)。その後もリャコビッチが連打の回転、動きの機敏さで優勢。8R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。リャコビッチが手数、ガードの隙を突くパンチで勝利。しかし、ラウンド終了後に手を出す反則。クセなのか、相手に原因があったのか? フィールズはゴツいパンチを打っていたが、スピード不足。これまで実力者に及ばなかった理由を物語る動きだった。その後の二人。フィールズは多くの試合をしたが、ピークを過ぎたマイケル・モーラーに判定負けするなど多くの敗北。リャコビッチはNABA王座を獲得したが、KOで初黒星。レイモン・ブリュースターからWBO王座奪取(2006年)。しかし、初防衛戦でシャノン・ブリッグスにTKO負け。その後もリングに上がり続けたが、それが最後の世界戦となった。)


①「Heavyweight 

Siarhei Liakhovich vs, Donald Macon」

②「Heavyweight 

Siarhei Liakhovich vs, Tracy Wilson」

③「Heavyweight 

Siarhei Liakhovich vs, Sedreck Fields」

 

2025年2月26日水曜日

フランソワ・ボタ(Francois Botha)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

IBF世界ヘビー級王者。短期間の王座。フィル・スコット戦、アクセル・シュルツ戦、ジェームス・スタントン戦を紹介します。

フランソワ・ボタ(Francois Botha)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

フランソワ・ボタ(南アフリカ)

身長188cm:オーソドックス


フランソワ・ボタ 7R TKO フィル・スコット

(ヘビー級戦、1994年)

ボタ:左ジャブ、右ストレート、フック

スコット:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

2R:右ストレートでスコットがダウン

(感想:南アフリカの白人ボタ(25歳)。ニックネームは「The White Buffalo」。これまで31戦全勝(17KO)でWBA5位。地元とアメリカで試合をしてきたが、このところアメリカが主戦場。ただし、相手は中堅どころがほとんど。スコット(30歳)はイリノイ州シカゴの黒人で13勝(9KO)3敗。デビュー二戦目で後のIBF世界クルーザー級王者アドルフォ・ワシントンに判定負け。その後、連勝だったが、世界を目指すダネル・ニコルソンにTKO負け。直前の試合ではTKO負け。二連敗の状況でボタと対戦。ラスベガス「ミラージュ」での一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア)。ボタはゴツい身体。スコットはスキンヘッド&ヒゲで強そうに(少し)見える。左のガードを下げて斜めに構えるボタ。ジャブ、右ストレート、フック。接近戦でのフックに器用さと重さ。スコットはジャブ、ワンツー。左フックに思い切りの良さとパワー。動きのスピードは両者同じくらい(それほど速くはない)。2R、左フックからの右ストレートでスコットが場外に転落するダウン。その後は接近戦。攻めるボタ。ボディ打ちに巧さを見せるが、真っ直ぐ攻めるクセ&のらりくらりとした動き。スコットは打ち返して粘る。6R、打たれるスコット。このラウンド終了後、棄権。ボタが重いパンチで勝利。しかし、ディフェンスと集中力に課題がありそう。スコットは頑張ったが、そこまで。これが最後の試合に。)


フランソワ・ボタ 12R 無効試合 アクセル・シュルツ

(IBF世界ヘビー級王座決定戦、1995年)

ボタ:左ジャブ、右ストレート、フック

シュルツ:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:フィル・スコット戦後も連勝のボタ。これまで35連勝(21KO)。IBF1位として初の世界挑戦。2位のシュルツはドイツ人(「いかにもドイツ人」といった感じの名前)。デビューから連勝でドイツ王座を獲得したが、欧州王座戦でヘンリー・アキンワンデ(後、WBO王者に)に判定負け、初黒星。ジェームス・スミスに判定勝ちしてジョージ・フォアマンのIBF王座に挑戦したが、判定負け。その採点が微妙なものであったことからIBFはフォアマンにシュルツとの再戦を命じたが、フォアマンはこれを拒否、王座剥奪。その決定戦にシュルツが出場できることに。フォアマン戦に続いて二試合連続IBF王座挑戦となる。ドイツ・シュトゥットガルトでの一戦(ドン・キング、セドリック・クシュナーによる共同プロモート。リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはルディ・バトル。会場ではIBF世界ライトヘビー級王者ヘンリー・マスケ、ボタの妻(派手な女)、シュルツの恋人が観戦)。共に27歳。ゴング前、ボタは自信タップリの表情。シュルツは帽子を目深にかぶって表情がよく見えない。1R、開始から仕掛けるボタ。接近して左右フックボディ打ち。そしてジャブ、ワンツー。シュルツはガードをしっかり上げてジャブ、ストレート。シュルツの右ストレートでボタのマウスピースがポロリと落下。その後も手数でボタ。シュルツはドイツ人らしい堅実なボクシングであるが、畳み掛けるような攻めをしない地味な戦いぶり。終盤はボタがスタミナ切れでクリンチ。シュルツがストレートで攻める。12R終了。ボタは両手を上げて自身の勝利を確信。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。ボタが手数で無敗のまま世界王者に。シュルツは攻めが地味すぎた。ところが後日、ボタのステロイド使用が発覚し、試合は「無効」扱いに(ただし、短い期間だったが「王座獲得」が認められ、その後「剥奪」という形に)。ボクシングを汚し、対戦相手やファンを裏切る「薬物使用」。本来ならボタは「永久追放」すべきだが、何と驚くべき事に再起戦で世界挑戦。一方のシュルツは何とその次の試合もIBF王座挑戦。しかし、マイケル・モーラーとの決定戦に判定負け。善戦だったが、プロらしい攻めに欠ける試合ぶり。結局、これが最後の世界挑戦になってしまった。)


フランソワ・ボタ 10R KO ジェームス・スタントン

(NABAヘビー級王座決定戦、1997年)

ボタ:左ジャブ、右ストレート、フック

スタントン:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

3R:連打でスタントンがダウン

10R:ワンツーでスタントンがダウン

(感想:ボタがタイトル獲得。空位のIBF王座。マイケル・モーラーとアクセル・シュルツによる決定戦が行われ、モーラーが判定で王座返り咲き。初防衛戦の相手はボタ。TKOでボタ初黒星。そして「IBF4位」としてスタントンと再起戦。これまで16勝(8KO)2敗のスタントン(24歳)はペンシルベニア州フィラデルフィアの黒人。デビューから連勝だったが、判定で初黒星。オリバー・マッコールにTKO負け。二連敗の状況でボタ戦。マイアミでの一戦。共にジャブ、右ストレートに良さ。ボタはそれに加え、ボディ攻撃。3R、右ストレートが目に当たったスタントン。連打でダウン。その後もスタントンは良い打ち方で右ストレート、左フック、アッパーを使うが、攻められて受け身に。ボタが右ストレート、ボディ打ちで優勢。10R、ボタが右ストレート。そしてワンツーでスタントンがダウン。立てず、カウントアウト。ボタが快勝。攻めの姿勢で押し切った。スタントンは負けたが、なかなか良いパンチの持ち主。ただ、ボタとは経験で大きく劣った。その後の二人。スタントンはフランキー・スウィンデル、デビッド・ベダー、ラリー・ドナルドに敗北。タイトルとは縁が無かった。ボタはマイク・タイソン、レノックス・ルイス(WBC・IBF戦)、ウラジミール・クリチコ(WBO戦)に敗北。WBF王座を獲得、防衛。イベンダー・ホリフィールド、マイケル・グラントにWBF戦でKO負け。確かな強さがあり、わずかな期間ながら世界王者になれたが実力者には敗北。ヘビー級は競争がかなり激しい。)


①「Heavyweight 

Frans Botha vs. Phil Scott」

②「vacant IBF World Heavyweight Title

Frans Botha vs. Axel Schulz」 

③「Heavyweight 

Frans Botha vs. James Stanton」 

 

2025年2月21日金曜日

バスター・マシス・ジュニア(Buster Mathis Jr)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

全米ヘビー級王者。全米王座戦のタイレル・ビッグス戦、ライル・マクドーウェル戦、アレックス・ガルシア戦を紹介します。

バスター・マシス・ジュニア(Buster Mathis Jr)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

バスター・マシス・ジュニア(アメリカ)

身長183cm:オーソドックス


バスター・マシス・ジュニア 12R 判定 タイレル・ビッグス

(全米ヘビー級王座決定戦、1994年)

マシス:左ジャブ、右ストレート、フック

ビッグス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:マシスがタイトル獲得。ミシガン州出身の黒人マシス(父バスター・マシスは有名な元ヘビー級。アマチュア時代にジョー・フレージャーを破りながらも負傷で東京オリンピック出場ならず。金メダルを獲ったフレージャーとプロで対戦したが、勝てず。「太る傾向」がある体質だったためプロでは大成できず。父の夢を息子ジュニアは叶えることができるかどうか?)。身長は183cmだが、リーチは198cmもある。体質を父から受け継ぎ、子供の頃から体重が重め。シェイプアップのためにボクシングを始めたという。プロデビューから連勝。マイク・ハンターと全米ヘビー級王座を争って判定負け、と思ったらハンターから禁止薬物検出でノーコンテスト扱い。初黒星を免れ、これまで12勝(3KO)1NC(わずか「3KO」というのが気になる)。その次の試合はハンターが剥奪された同王座の決定戦。ビッグスはペンシルベニア州フィラデルフィア出身の黒人アウトボクサー。1984年のロサンゼルス・オリンピックではスーパーヘビー級で金メダル。プロ入り後は連勝だったが、マイク・タイソンにKOされて世界王座奪取ならず。その後はフランチェスコ・ダミアニ、ゲーリー・メイソン、リディック・ボウ、レノックス・ルイスといった実力者に敗北。マイク・ハンターとの全米ヘビー級王座決定戦に敗北。トニー・タッブスにも負け。二連勝でマシス戦。ラスベガスでの一戦(マシス23歳、ビッグス33歳)。フットワーク&ジャブのビッグス。マシス(ダブついた身体。特に腹回り)は開始から接近戦を仕掛け、左右フックボディ打ち。特に叩きつけるような右フックに威力。接近戦に応じるビッグス。ワンツー、フックなど良いパンチを打つが、時折手打ち気味。もみ合うような接近戦が続く。それにウンザリしたか、ビッグスが5R終了後にマシスを突き放す(レフェリーは「押すな」と警告)。その後も器用さでビッグス、しつこさでマシス。8R、マシスが右ボディからの右アッパー(迫力)。しかし、残念なことにグローブのテープがはがれるシーンが目立つ(特にビッグス)。10R、激しい打ち合い。12R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マシスが攻勢点で勝利。ただ、マシスはパワーはあるが、器用なタイプではない。無骨にフックをぶつけていくタイプ。その戦法でどこまで上に行けるか? ビッグスは下り坂。パワーがあるわけでもないアウトボクサーが接近戦に応じてどうしようというのか? その後もビッグスはリングに上がったが、サッパリ。マシス戦が最後のタイトル戦となった。)


バスター・マシス・ジュニア 5R TKO ライル・マクドーウェル

(全米ヘビー級タイトル戦、1994年)

マシス:左ジャブ、右ストレート、フック

マクドーウェル:右ジャブ、左ストレート、フック

(ダウンシーン)

4R:右フックでマクドーウェルがダウン

(感想:マシスがタイトル初防衛。ビッグス戦後、来日して10回戦を行ったマシス。ダウンを喫して2-0の判定勝ち。その次の試合ではリディック・ボウ相手にノーコンテスト(ボウの反則パンチによる)。そしてマクドーウェルと初防衛戦。マクドーウェルはウィスコンシン州ミルウォーキー出身の黒人サウスポー。ウィスコンシン州王座を獲得するなどこのところ連勝中であるが、ローカルな試合がほとんど。直前の試合ではラスベガス「MGM Grand」でTKO勝ちしている。ネバダ州ステートラインでの一戦(レフェリーはミルズ・レーン)。マクドーウェルが右ジャブ、左ストレート、ショートフック。左ストレート、左フックに良さがあり器用さもあるが、攻撃が続かず(スタミナ不足?)。マシスはいつものパターン。ジャブで前進し、右ストレート、左右フック攻撃。ワンツーからの右フックなどを出すマクドーウェル。しかし、3Rに連打するなど攻める姿勢でマシス優勢。4R、右フックでマクドーウェルがダウン。5Rもマシス。右フックを食って後退したマクドーウェルが連打からの右フックを打たれたところでレフェリーストップ。マシスが右フックで勝利。しかし、攻めのパターンが同じ。マイク・タイソン風ではあるが、タイソンほどの強打者ではない。もう少し攻めのパターンが欲しいところ。マクドーウェルは動きの機敏さに欠けた。左パンチに良いものがあるだけにもったいない。その後、マクドーウェルは多くの試合。ルー・サバリーズに敗れたが、古豪トレバー・バービックを下してIBOインターコンティネンタル王座獲得。王座陥落後は連敗したりしながらもウィスコンシン州王座を獲得するなど息の長いリング活動を見せた。)


バスター・マシス・ジュニア 12R 判定 アレックス・ガルシア

(全米ヘビー級タイトル戦、1995年)

マシス:左ジャブ、右ストレート、フック

ガルシア:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:マシスがタイトル防衛。二度目の防衛戦。挑戦者ガルシアはメキシコ系アメリカ人。これまで37勝(27KO)4敗1分。ボクサーになる前はケンカばかりしていたらしく、ついに人を死なせて刑務所へ。そこでボクシングを始め、アマチュアで試合。プロ入り後はKOの山を築き、「巨人」マイク・ホワイト、オジー・オカシオに勝利。北米王座、WBC米大陸王座獲得。有望株マイク・ウィリアムスを破るなど連続防衛。世界ランキングにも入ったが、マイク・ディクソンにKO負け。それで自信と意欲を失ったか、二度北米王座奪回を狙ったが勝てず。このところディクソンに判定で雪辱するなど三連勝中。ラスベガスでの一戦(レフェリーはジョー・コルテス)。先制攻撃のマシス。開始から接近してボディ連打。この試合ではワンツー、コンビネーション(左フックからの右アッパー、ほか)など攻撃のバリエーションが多い。ガルシアはタフネスとゴツいパンチ。ジャブを使いながらいかにも重そうな右ストレート、フック。ただ、重い分、パンチのスピード、回転力でマシスに劣る。接近戦が続く。ハンドスピードでマシス優勢。ガルシアの攻撃をダッキング、ブロックでディフェンス。11R、マシスが右ストレート、左フックをヒットさせる。12R終了。判定は3-0(ジャッジ三人「120-108」。ダウンシーンは無し)。マシスがコンビネーションで勝利。ダウンは奪えなかったが、動きに磨きをかければさらに強くなりそうな攻めをしていた。ガルシアはスピード感に欠けた。その後の二人。ガルシアはこれが事実上のラストファイト。後、カムバックしたが、大きな試合は無し。マシスもここまで。「マシス vs. ガルシア」の時点で世界ヘビー級王者はWBAがブルース・セルドン、WBCはオリバー・マッコール、IBFはジョージ・フォアマン、WBOはリディック・ボウ、と乱立状態。そこへマイク・タイソンが刑務所からカムバック。マシスはタイソンに3RでKO負け。その数週間前、マシス・シニアが糖尿病と腎臓病で死去。タイソン戦の10日後にはトレーナーであり、長年の友人ジョーイ・ファリエロが死去。マシスはリングへの情熱を失ってしまう。その後、オベド・サリバンとのIBFインターコンティネンタル王座戦でノーコンテスト。ルー・サバリースとの全米王座決定戦にTKO負けして王座奪回ならず、引退。26歳の若さ。引退後はマイアミ大学で学士号を取得。非営利団体の副社長に就任。高校で臨時教師をすることもあるそうだ。)


①「vacant USBA Heavyweight Title

Buster Mathis Jr vs. Tyrell Biggs」

②「USBA Heavyweight Title

Buster Mathis Jr vs. Lyle McDowell」

③「USBA Heavyweight Title

Buster Mathis Jr vs. Alex Garcia」


タイレル・ビッグス(Tyrell Biggs)のページ

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アレックス・ガルシア(Alex Garcia)のページ