「エベレットvs.コルネリオ・ベガ」「デビッド・ラブvs.ウィリー・モンロー」「ピート・ランザニーvs.アベル・コルドバ」「エルネスト・エスパニャvs.ビエンベニド・キント」を紹介します。
①タイロン・エベレット 8R TKO コルネリオ・ベガ
(J・ライト級戦、1976年2月)
エベレット:右ジャブ、左ストレート、右フック
ベガ:左ジャブ、右ストレート、左右フック
(感想:エベレットはペンシルベニア州フィラデルフィア出身。これまで34勝(20KO)1敗のサウスポー。アルフレド・エスカレラのWBC世界J・ライト級タイトルに挑戦して2-1で負けたことがある。これはその再起戦。ベガはメキシカンで37勝(33KO)10敗2分。KO率は凄いが、クレメンテ・サンチェスにKOされたことがある。フィラデルフィアでの一戦(TVテロップには「北米J・ライト級タイトル戦 12R」とあったが、記録からするとタイトル戦ではなかったもよう)。共にサウスポー。エベレットは足で距離を取りながらジャブ、そして左ストレート、右フック。ベガも左ストレート、右フックを出すが、手数が少ない。パンチ、動きのスピードでエベレット。7R終わりでベガが棄権(ダウンシーンは無し)。エベレットはあまり攻めないボクサータイプ。パンチは速いが、エキサイティングな試合をする選手ではない。ベガはエベレットの動きに付いていけないまま終わってしまった。エベレットはこの後、もう一試合やった後、恋人に射殺された。エスカレラとの再戦が予定されていた矢先の出来事だった。)
②デビッド・ラブ 4R TKO ウィリー・モンロー
(ミドル級戦、1976年8月)
ラブ:左ジャブ、右ストレート、フック
モンロー:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
4R:ワンツーでモンローがスタンディングダウン
(感想:ラブはカリフォルニア州サンディエゴ出身の黒人。デビューから連敗。中堅相手に連勝。そして三連敗。カリフォルニア州王座戦(ミドル級)にTKO負けするなど不安定なキャリア。直前の試合は南アフリカ・ヨハネスブルグで判定勝ち。モンローはアラバマ州出身の黒人。デビューから連勝だったが、二連続判定負けで急ブレーキ。そこから連勝。ユージン・ハート、スタンリー・ヘイワードらに勝利。ボビー・ワッツに判定負けしたが、マービン・ハグラーを3-0で下すなど連勝中。ペンシルベニア州フィラデルフィアでの一戦。似た体格の二人。モンローが左のガードを下げた構えからジャブで前進。ラブは慎重なタイプで、受け身の姿勢。ガードを固めてジャブ。力強い攻めを見せるモンロー(左フックからの右ストレート、ボディ連打)。ところが2Rにワンツーを食って足に来るピンチ。ジャブで体勢を立て直すが、3Rにもワンツーを打たれる(その後、ラビットパンチも食らったが、レフェリーはラブから反則を取らず)。4R、ワンツーでモンローがついにスタンディングダウン。再開に応じたが、足がフラつく。ロープ際で連打されて試合終了。ラブがワンツーで勝利(勝った瞬間、大喜び)。試合運びに難があったが、パンチ自体は良かった。モンローは調子が良さそうだったが、2Rにワンツーを頭の固いところに食ったのが効いた。その後の二人。ラブはボビー・ワッツにTKO勝ち、連敗、ベニー・ブリスコに判定勝利、アユブ・カルレ、カーチス・パーカー(全米ミドル級王座決定戦)らに連敗。引退後はジムを経営し、トレーナーになった。モンローはハグラーとの再戦、三戦目にTKO負け。若手のカーチス・パーカー、ドワイト・デイビソンにも敗れ、「新旧交代」といった形でキャリア終了。甥もボクサーになり、地域王座を獲得する活躍を見せた。)
③ピート・ランザニー 7R KO アベル・コルドバ
(ウェルター級戦、1977年1月)
ランザニー:左ジャブ、右ストレート、フック
コルドバ:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
7R:右フックでコルドバがダウン
(感想:ランザニーはカリフォルニア州サクラメント出身の白人。身長179cm。口ヒゲがトレードマーク。1973年、デビュー。判定負けが一つあるが、それ以外は好調。決定戦で北米ウェルター級王座を獲得している。コルドバはメキシカンで、ニックネームは「虎」。アルマンド・ムニスに判定負けするなど勝ったり負けたり。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦。身長差がある二人。共に軽快なフットワークから左ジャブ、ワンツー、ディフェンス。正統派のランザニーはワンツーからの左フック、左ボディ打ち。コルドバは隙を突くボクシングで、特に左フックを当てる巧さ。接近戦。フックでの打ち合い。攻めるコルドバ、応戦するランザニー。7R、それまでと同じような展開の中、ランザニーが攻勢。ワンツー、左フック、ボディへの右ストレート。左ボディが効いたコルドバが右フックでダウン。立ったが間に合わず、カウントアウト。ランザニーが丁寧な戦い方で勝利。ただ、クリーンな試合ぶりだったが、打たれる欠点。正統派すぎるのだろう。コルドバは悪くなかったが、ボディが効いた。その後の二人。コルドバはランザニーとの再戦に判定負け。中堅相手にリング。フリー・オベルにKOされたが、決定戦でメキシコ王座(ミドル級)を獲得できた。ランザニーはブルース・フィンチ、ランディ・シールズに勝利できたが、ピピノ・クエバス、シュガー・レイ・レナードにKO負け、ウィルフレド・ベニテス、ミルトン・マクローリーに判定負け。ラストファイトの相手はニノ・ラロッカで、判定負け。トップにはなれなかったが、名のある選手と対戦。サクラメントのボクシング殿堂入り。)
④エルネスト・エスパニャ 1R TKO ビエンベニド・キント
(ライト級戦、1978年9月)
エスパニャ:左ジャブ、右ストレート、フック
キント:左ジャブ、右ストレート、左フック
(ダウンシーン)
1R:右ストレートでキントがダウン
(感想:ベネズエラのラ・フロール出身のエスパニャ。ライト級で身長が180cmもある。デビュー四戦目で判定負けしたが、それ以外は好調。このところプエルトリコで試合。キントは何者なのだろう? ニカラグアの選手のようだが、記録に乏しい(敗北の記録が一つあるのみ)。プエルトリコ・サンフアンでの一戦。ガードを固めてジャブを出すエスパニャ。一気に攻めの姿勢になり、右ストレートから独特の左フック。キントはストレート、フックで反撃するが、ディフェンスされてしまう。右ストレートでキントがダウン。立ったが、コーナーに追い込まれて連打を浴びて試合終了。エスパニャが快勝。「いかにもフック」といった感じの手首を活かした左フックに良さがあった。キントは相手の懐の深さに完敗。その後のエスパニャ。連勝を続け、ロベルト・デュランが返上したWBA世界ライト級王座をクロード・ノエルと争ってKOで獲得。初防衛に成功したが、クロンクジムのヒルマー・ケンティに敗北、王座陥落。ケンティとの再戦にも敗北。地元で中堅相手に連勝後、アルツロ・フライアス、レイ・マンシーニのWBA王座に挑戦したが、王座奪回ならず。個性的な左フックに良さがあったが、意外なほど活躍できなかった。弟クリサントも兄に似たところがあり、メルドリック・テーラーからWBA世界ウェルター級王座を獲得。しかし、アイク・クォーティの強打に沈んで王座陥落。)
①「Junior Lightweight
Tyrone Everett vs. Cornelio Vega」
②「Middleweight
David Love vs. Willie Monroe」
③「Weltreweight
Pete Ranzany vs. Abel Cordoba」
④「Lightweight
Ernesto Espana vs. Bienvenido Quinto」
アルフレド・エスカレラ(Alfredo Escalera)のページ
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アルツロ・フライアス(Arturo Frias)のページ
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レイ・マンシーニ(Ray "Boom Boom" Mancini)のページ



















