2026年2月27日金曜日

ホルヘ・リナレス②(Jorge Linares)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

世界三階級王者。世界王者になる前の試合&世界戦。アヨン・ナランホ戦、ハビエル・プリエト戦ほかを紹介します。


ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)

ホルヘ・リナレス②(Jorge Linares)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ホルヘ・リナレス 6R 判定 アヨン・ナランホ

(スーパーフェザー級戦、2005年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナランホ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

6R:右カウンターでナランホがダウン

(感想:これまで16連勝(10KO)のリナレス。日本をベースに地元ベネズエラ、パナマ、アルゼンチンでも勝利し、フェザー級で世界ランク上位(WBA4位、WBC3位)。ナランホはフィリピン人で、13勝(5KO)5敗。フィリピン王座(スーパーバンタム級)に挑戦して判定負けしている中堅どころ。直前の試合は8回戦で判定勝ちで、現在フィリピン・スーパーバンタム級2位。横浜での一戦。上半身がゴツくなったリナレス。ワンツーからの左フックにパワーを込める。ナランホは厄介な男。相手から距離を取ってジャブ、接近して大きなフック。攻めるときのバランスは悪いが、タフでしぶといタイプ。トリッキーな動きを入れながら、打たれても反撃。試合はリナレスがブロック&コンビネーションで優勢。4Rに左右フックでボディ連打を決め、6Rには長い右ストレートカウンターでナランホをダウンさせる。6R終了。判定はフルマークの3-0。KOできなかったが、リナレスはパンチが良かった。ナランホはタフなうえに微妙にディフェンスの巧さ。「フィリピン人はボディ攻撃に弱い」とよく言われるが、ナランホはそうではなかった。しかし、これが最後の試合に。) 


ホルヘ・リナレス 10R 判定 サオヒン・シリタイコンドー

(スーパーフェザー級戦、2006年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、左フック   

サオヒン:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:これまで19連勝(12KO)のリナレス。サオヒンはタイ・サコンナコーン出身で、49勝(33KO)11敗。元世界王者ローランド・パスクワに判定負けするなど勝ったり負けたりだったが、開眼。連戦連勝でPABAバンタム級王者に。連続防衛。ポーリー・アヤラのWBA世界バンタム級王座に挑戦したが、3-0で敗北(1999年)。エイディ・モヤとWBA世界バンタム級暫定王座決定戦を行ったが、3-0で敗北(2000年)。日本で石井広三に3-0の敗北。決定戦でPABAフェザー級王者に。連続TKO勝ちで防衛中。背は低いが(163cm)、その分、エラいガッチリした身体(いかにもタフそう)。後楽園ホールでの一戦(TV解説席にファイティング原田、浜田剛史、粟生隆寛(世界王者になる前))。互いに警戒しながらダッキング&ジャブ。リナレスがジャブ連打、右ストレートからの左フック。サオヒンはタフネスにまかせて乱打するのかと思ったら、さにあらず。伸びる右ストレートでワンツー、ゴツいフックで比較的丁寧な試合ぶり。実に慎重な二人。リナレスはディフェンス&ジャブ連打の軽いボクシング(右拳を痛めている?)。サオヒンの大きなパンチは空を切る。7Rに右カウンターを決めたリナレスだが、軽いパンチを出すばかりで10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。盛り上がらなかった試合(リングサイドは静かな状態が続いた)。強打者も不発に終われば魅力無し、といったところ。サオヒンは雑な攻め方。思い切りの良さがもっとあればよかったが。その後、サオヒンは再起戦でPABA王座防衛。ブランク。カムバックしたが、WBOアジア王座戦(フェザー級)でTKO負けして引退。)


フアン・カルロス・サルガド 1R TKO ホルヘ・リナレス

(WBA世界スーパーフェザー級タイトル戦、2009年)

リナレス:左ジャブ   

サルガド:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

1R:左フック、連打で2度、リナレスがダウン

(感想:サルガドがタイトル獲得。サオヒン戦後も連勝でオスカー・ラリオスとWBC世界フェザー級王座決定戦を行ったリナレス。TKO勝ちで世界王者に。初防衛に成功後、決定戦でWBA世界スーパーフェザー級王座獲得、二階級制覇。初防衛に成功し、二度目の防衛戦。WBA6位の挑戦者サルガドはメキシコシティ出身。これまで21勝(15KO)1分。WBC、次いでWBAの地域王座を獲得するなど挑戦者の資格は充分。東京での一戦。共にスリムで似た体型。速いジャブを使う。ブロックするリナレスだが、キレ味鋭い左フックを食ってダウン。完全に効いており、再開後に連打を浴びて二度目のダウン。立ったが、フラついてレフェリーストップ。何と全勝のリナレスが1Rで初黒星。衝撃の結末だが、最初のダウンの左フックはいいパンチだった。その後のサルガド。内山高志にKOされて初防衛ならず。後、決定戦でIBF世界スーパーフェザー級王座獲得。防衛にも成功。)


ホルヘ・リナレス 4R KO ハビエル・プリエト

(WBC世界ライト級王座決定戦、2014年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、左フック   

プリエト:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

4R:ワンツーでプリエトがダウン

(感想:リナレスが三階級制覇。サルガド戦後のリナレス。WBC世界ライト級王座決定戦に出場したが、TKO負け(リナレスは決定戦が多い。世界王者を倒して新旧交代するところにプロボクシングの醍醐味があるのだが)。挑戦者決定戦に勝利して、再びWBC世界ライト級王座決定戦に出場。これまで37勝(24KO)3敗。WBC1位で、年齢は29。2位のプリエト(27歳)はメキシコ・アパツインガン出身で、24勝(18KO)7敗2分。身長はリナレスと同じ173cm。2006年にデビューし、WBCの地域王座(ウェルター級)、WBCアメリカ王座、メキシコ王座(いずれもスーパーライト級)、WBCシルバー王座(ライト級)を獲得してきた。ただ、このところシルバー王座戦で二連続ドロー。「勢い」という点でどうか? 東京体育館での一戦。互いにジャブ。動きのスピードはそこそこ。プリエトはフックが武器で、左フックからの右フックなど。リナレスはデビュー当初の原点に戻ったかのようにワンツーからの左フック。互いにディフェンス。 リナレスはジャブ、プリエトは左フックに良さ。4R、フックで攻めるプリエトだが、ワンツーが効いて(少し間を置いて)ダウン。横になったまま10カウントを聞いた。リナレスがジャブを丹念に突いて念願の三階級制覇。日本で達成でき、大いに喜んでいた。プリエトはやや物足りない。スピード感、攻撃の鋭さに欠けた。その後の二人。プリエトは試合間隔が長くなり、勝ったり負けたり。リナレスは日本を離れ、英国、アメリカでWBC王座を防衛(WBCからダイヤモンド王者に認定された)。WBA世界ライト級王座も獲得。ワシル・ロマチェンコには敗れたが、世界のトップ選手として活躍した。)


①「Super Featherweight 

Jorge Linares vs. Ayon Naranjo」

②「Super Featherweight 

Jorge Linares vs. Saohin Srithai Condo」

③「WBC World Super Featherweight Title

Jorge Linares vs. Juan Salgado」

④「vacant WBC World Lightweight Title

Jorge Linares vs. Javier Prieto」

 

2026年2月25日水曜日

ホルヘ・リナレス①(Jorge Linares)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

世界三階級王者。デビュー当初の試合、チャワン戦、アリエル・オーストリア戦、パク・ジョンフン戦ほかを紹介します。


ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)

ホルヘ・リナレス①(Jorge Linares)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ホルヘ・リナレス 6R 判定 チャワン・ソーウォラピン

(スーパーバンタム級戦、2003年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、フック   

チャワン:ジャブ、ストレート、フック   

(ダウンシーン)

1R:右フックでチャワンがダウン

2R:右フックでリナレスがダウン

(感想:ベネズエラ・バリナス出身のリナレス。本名は「ホルヘ・ルイス・リナレス・パレンシア」で、ニックネームは英語で言うところの「ゴールデンボーイ」。父がボクサーで、兄弟たちもボクサーに。アマチュアで活躍。何とベネズエラではなく、2002年に17歳で初来日して「帝拳ジム」に入門。デビュー戦は韓国人に1RでKO勝ち。チャワン戦はプロ二戦目。チャワンはタイ人だが、特筆すべき実績が見当たらない男(TVテロップには「5勝2敗」とあった)。直前の試合はインドネシア・ジャカルタでTKO負け。後楽園ホールでの一戦。1R、ガードを上げてジャブのリナレス。ワンツーからの左フック、左ボディ打ちなどロングのパンチを使用。チャワンはジャブ、右ストレートを出し、サウスポーにチェンジして左ストレート。ただ、動きのスピード感に欠け、右フックでダウン。その後も慎重にブロックしながら右ストレート、左フックを当てるリナレスだが、2Rに斜め下からの右フックを食ってダウン。さらに慎重になり、ブロック&ロングパンチのリナレス。6R終了。判定は3-0。後に大物になるリナレスだが、この試合では欠点。長いパンチに隙があり、「攻めるときは攻め、守るときは守る」という攻防分離型。ただ、ダウンは食ったが死角からのパンチであり、マイナス評価にはならないだろう。チャワンは動きの機敏さに欠けていたのが惜しい。)


ホルヘ・リナレス 3R KO シンダム・モンサイチョン

(スーパーバンタム級戦、2003年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、フック   

シンダム:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

3R:左ボディでシンダムがダウン

(感想:チャワン戦の次の試合(インターバルは丁度、一ヶ月)。シンダムはタイのバンタム級1位で、これまで15勝(11KO)12敗(TVテロップより)。タイ王座(バンタム級)に挑戦してKO負けしたことがある。後楽園ホールでの一戦(リナレスのセコンドに帝拳の葛西裕一)。共に相手を警戒しながらガードしてジャブ。足で距離を取るリナレス。この試合ではボディを狙うコンビネーションが目立つ(ワンツーからの左ボディ打ち、右フックからの左ボディ打ち)。アッパー気味の右フックにも迫力。シンダムはタイ人らしい一発一発を打ち込むタイプで、流れるような攻めができない欠点。ボディを打たれながらも前進し、右ストレート、接近してボディ打ち。3R、リナレスがワンツーからの左ボディ打ち。さらに左ボディでシンダムがダウン。大の字になったシンダムは立てず、KO。リナレスが快勝。コンビネーションがスムーズ。攻撃力は合格。シンダムは攻めが単発。動きのスピードもまずまず(ホントにタイ・バンタム級1位?)。その後、日本で三連敗。)


ホルヘ・リナレス 8R 判定 アリエル・オーストリア

(スーパーバンタム級戦、2003年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、フック   

オーストリア:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

5R:左ジャブでオーストリアがダウン

(感想:短期間で試合するリナレス。シンダム戦から約一ヶ月後に試合。オーストリアは「音楽の都」ウィーン出身の優雅なアウトボクサー、ではなく、フィリピン人ファイター。本名は「ロミエル・O・フローラン」(ヨーロッパのオーストリアと何か関係があるのだろうか?)。これまで17勝(7KO)20敗7分の歴戦の勇士。マニー・パッキャオにTKO負け、フィリピン王座に挑戦してドロー、TKOで同王座獲得、日本で佐藤修にTKO負け、タイでサムソン・ダッチボーイジムのWBFスーパーフライ級王座に挑戦してTKO負け。このところ勝ったり負けたりだが、経験は充分。後楽園ホールでの一戦(会場でWBC世界スーパーバンタム級王者オスカー・ラリオス、マッチメーカーのジョー小泉が観戦)。ジャブ、接近して大きなフックのオーストリア。リナレスはフットワーク&ジャブ連打。前に出るオーストリアをワンツー、左ボディ打ちなどで迎え撃つ。オーストリアは残念な選手。動きのスピードに欠け、雑な打ち方。しかしながら、パンチを微妙に巧くかわすテクニックがあり、しぶとく前に出る。5R、左ジャブでオーストリアがダウン。ところが逆にオーストリアの左フックがヒットしてリナレスがピンチ。その後、フットワーク&ジャブ、コンビネーション(左フックからの右ストレート、ワンツーなど)でリナレスが体勢を立て直して8R終了。判定はフルマークの3-0。タフなオーストリアを倒せなかったリナレス。良い経験になったのでは? その後、オーストリアはプーンサワット・クラティンデーンジムとPABAスーパーバンタム級王座を争ってKO負け。トップには立てなかった。)


ホルヘ・リナレス 1R KO パク・ジョンフン

(スーパーフェザー級戦、2004年)

リナレス:左ジャブ、右ストレート、フック   

パク:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

1R:連打でパクがダウン

(感想:これまで10連勝(4KO)のリナレス。地元ベネズエラでWBA中南米スーパーバンタム級王座を獲得し、再び日本で連勝を継続。パクは謎の韓国人。TVテロップには「9勝(5KO)12敗1分、元韓国フェザー級1位」とあるが、特筆すべき実績は見当たらない。後楽園ホールでの一戦(レフェリーは内田正一)。打ち方が微妙なパク。腰が入ったパンチではなく、ディフェンスも甘そう。リナレスはそんな相手でもしっかりガードしながら隙を突く右ストレート、左フック。ロープ際での連打(左フック、右ストレート、左フック)でパクがダウン。立てず、KO。リナレスにとって意味の無かった試合。キツい試合ばかりでも困るだろうが、基本ができていない相手と戦うのは無駄である。)  


①「Super Bantamweight 

Jorge Linares vs. Chawan Sor Vorapin」

②「Super Bantamweight 

Jorge Linares vs. Singdam Monsaichoni」

③「Super Bantamweight 

Jorge Linares vs. Ariel Austria」

④「Super Featherweight 

Jorge Linares vs. Sung Hoon Park」


オスカー・ラリオス(Oscar Larios)のページ

2026年2月20日金曜日

ジェイソン・パガラ(Jason Pagara)&アルバート・パガラ(Albert Pagara)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

フィリピンの「ボクシング兄弟」。「ジェイソン vs. コンデット、モントヤ(再戦)、エレラ」「アルバート vs. プーファ」戦を紹介します。


ジェイソン・パガラ(フィリピン)

身長173cm:オーソドックス(右構え)

ジェイソン・パガラ(Jason Pagara)&アルバート・パガラ(Albert Pagara)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アルバート・パガラ(フィリピン)

身長168cm:オーソドックス(右構え)


ジェイソン・パガラ 4R TKO コンデット・シットラトラガーン

(ライト級戦、2008年8月)

パガラ:左ジャブ、右ストレート、左フック

コンデット:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

1R:左ボディでコンデットがダウン

(感想:新鋭パガラ。フィリピンは小さい階級の選手が多いが、パガラは重い階級。ミンダナオ島のカガヤン・デ・オロ出身。8歳でボクシングを始め、18歳でプロ入り。これまで14勝(8KO)1敗。フィリピン王座、WBOアジア・ユース王座(いずれもライト級)を獲得している。コンデットはタイ・バンコク出身。デビューから連敗(日本でも敗北)。二線級の選手(TVテロップには「17勝(6KO)15敗」とあるが、不正確なもののような気がする)。フィリピン・セブでの一戦。1R、共にガードを上げてジャブ、ストレート、フック。パガラはやや前傾姿勢で、ワンツーを主体とするボクサータイプ。コンデットはややアップライトで右ストレート、左フック。左ボディでコンデットがあっけなくダウン。2R、ワンツーでコンデットがダウン寸前。その後も慎重に攻めるパガラ。コンデットは反撃するが、打ち終わった後にバランスを崩すなどガードに隙がある。4R、コンデットが左ボディを打たれたところでレフェリーストップ。パガラが正統派スタイルで勝利。パワーはまずまずだが、ワンツー、左フックに良さがあった。その後のコンデット。次の試合でチャッチャイ・サーサクン(ユーリ・アルバチャコフとの試合で有名)にKO負け。「かませ犬」なキャリアだった。)


ジェイソン・パガラ 6R TKO ロスベル・モントヤ

(WBOスーパーライト級インター王座決定戦、2012年8月)

パガラ:左ジャブ、右ストレート、フック

モントヤ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:連打でモントヤがダウン

3R:左ボディ、連打で2度、モントヤがダウン

6R:右ストレートでモントヤがダウン

(感想:パガラがタイトル獲得。コンデット戦後も地元での地域王座戦などで勝ち続けたパガラ。WBOアジア・ユース王座戦(スーパーライト級)でモントヤに敗北。空位のインター王座を懸けてモントヤと再戦。モントヤはメキシカン。デビューから連勝だったが、WBC米大陸王座戦(ライト級)でTKO負け。パガラに勝利してユース王座獲得。しかし、直前の試合はKO負け。コンディションはどうか? セブでの一戦。1R、ジャブ、ストレート、左ボディ打ちにパワーがあるパガラ。モントヤはブロックしながらワンツー、左フック。連打でモントヤが早くもダウン。その後もモントヤはワンツー、パガラはボディ連打。3R、モントヤが二度ダウン。6R、右ストレートを腕に打たれたモントヤ。さらに腕に打たれてダウン。レフェリーはその姿を見て試合を止めた。パガラがパワーで快勝。ボディ攻撃が効果的だった。モントヤはパンチの振りが大きく、ブロックされた。その後のモントヤ。ブランク。カムバック後は負けてばかりで、タイトル戦は無し。)


③ジェイソン・パガラ 12R 判定 アーロン・エレラ

(WBOスーパーライト級インタータイトル戦、2013年5月)

パガラ:左ジャブ、右ストレート、フック

エレラ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

2R:エレラがスタンディングダウン

(感想:パガラがタイトル防衛。二度目の防衛戦。挑戦者エレラはメキシカン(ユカタン出身)。デビューから連勝。判定で初黒星。再起戦にKO勝ちして、この挑戦。セブでの一戦。力強さ、安定感が増したパガラ。右ストレート、左ボディ打ちに迫力。ブロックもしっかり。エレラも良い選手。ワンツー、左ボディ打ちにパワー&キレ。2Rにハプニング。パガラの右アッパー。意表を突かれてバランスを崩したエレラがスタンディングカウントを取られる。その後は一進一退。互いにディフェンスしながら強いパンチの応酬。互角の内容のまま12R終了。パガラは両手を上げて自身の勝利を強く確信している様子。判定は3-0。最後まで勢いのあるパンチを互いに打ち続けた好試合。どうやらパガラの方がブロックしながら有効打を多く決めていたらしい。戦力的には大きな差は感じられなかったが、ディフェンスでちょっとずつ差が付いた。その後の二人。エレラは連勝したり連敗したり。WBCインター王座(ウェルター級)への挑戦は判定負け。王座には縁がなかった。パガラはインター王座を連続防衛。しかし、世界戦のチャンスはなぜか無かった。)


アルバート・パガラ 2R KO プーファ・ポーノブノム

(バンタム級戦、2012年2月)

ジェイソン・パガラ(Jason Pagara)&アルバート・パガラ(Albert Pagara)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

パガラ:左ジャブ、右ストレート、フック   

プーファ:左ジャブ、右フック   

(ダウンシーン)

2R:右ストレートで2度、プーファがダウン

(感想:パガラはフィリピン・レイテ島のマアシン出身。兄ジェイソンとは出生地と階級が違う。2011年1月にデビューし、これまで全勝。プーファはタイ・ペッチャブーン出身。PABA王座(バンタム級)に挑戦してTKO負けするなど勝ったり負けたり。フィリピン・セブでの一戦。攻めるパガラ。右ストレートにパワー。プーファは押され気味。ブロックしながら大きな右フックで打ち返すが、ディフェンスされる。2R、連打からの右ストレートでプーファがダウン。立ったが、右ストレートで二度目。ダウンと同時に試合ストップ。パガラが快勝。相手は二線級だったが、右パンチに強さがあった。プーファは「負け役」な気持ちでリングに上がったのだろう。勝てるような動きではなかった。その後の二人。プーファはマイケル・ダスマリナスらを相手に負けてばかり。ところが連勝。決定戦でタイ王座(バンタム級)獲得。その後は日本でKO負けするなど勝ったり負けたりだった(才能はあるが、頑張りが長続きしないタイプ?)。パガラは連勝。IBFインターコンティネンタル王座(スーパーバンタム級)獲得、連続防衛。WBOのインターコンティネンタル王座(スーパーバンタム級)も獲得したが、防衛戦でKO負け(初黒星であり、唯一の敗北)。WBOインターコンティネンタル王座奪回。しかし兄同様、好戦績にもかかわらず、一度も世界戦のチャンスは無かった。)


①「Lightweight 

Jason Pagara vs. Kondej Sithtrajtrakan」

②「vacant WBO International Super Lightweight Title

Jason Pagara vs. Rosbel Montoya」

③「WBO International Super Lightweight Title

Jason Pagara vs. Aaron Herrera」

④「Bantamweight 

Albert Pagara vs. Phupha Por Nobnom」

 

2026年2月18日水曜日

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

WBA世界ジュニアライト級王者マルカノ。「マルカノ vs. 岩田健二」「イバラ vs. エレラ」カスティーリョ vs. メルセデス」を紹介します。


アルフレド・マルカノ(ベネズエラ)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


アルフレド・マルカノ 4R KO 岩田健二

(WBA世界ジュニアライト級タイトル戦、1971年11月)

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

マルカノ:左ジャブ、右ストレート、フック

岩田:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

3R:右フック、左フックで2度、岩田がダウン

4R:右フックで3度、岩田がダウン

(感想:マルカノがタイトル初防衛。王者マルカノはベネズエラ・クマナ出身。1966年、ベネズエラでデビュー(判定勝ち)。地元では概ね好調だったが、メキシコで苦戦。リカルド・アルレドンドと判定で一勝一敗。ラウル・クルスにKO負け。パナマとベネズエラでエルネスト・マルセルに二連敗。マルセルとの再戦に敗れた再起戦を日本で行い、小林弘からWBA世界ジュニアライト級王座奪取(10RでのTKO)。そして地元で初防衛戦。挑戦者の岩田は岡山出身。デビューから連勝後、KOで初黒星。その後もKO負け。フラッシュ・エロルデには判定負け。日本ジュニアライト級王座を獲得。防衛にも成功して、この世界初挑戦。ベネズエラ・カラカスでの一戦。共にリズミカルな動きで左ジャブ。しかしながら、当たるのはマルカノのジャブ。右ストレート、左ボディ打ちに良さがある岩田だが当たりが浅く、パンチをかわされるシーンが目立つ。マルカノはタイミングを捉える巧さ。3R、右フックで岩田がダウン。右ストレートで反撃する岩田だが、右フックからの左フックで再びダウン。4R、左フックからの右フックで岩田が二度ダウン。立った岩田がワンツー、マルカノは左ボディ打ち。右フックカウンターで岩田がダウンしてスリーノックダウン、試合終了。マルカノが隙を突くパンチで快勝。岩田はシャープなストレートを打っていたが、打たれ弱さがあったか。その後の二人。岩田は負けが込むように。韓国でKO負け、そして日本王座陥落。最後はガッツ石松、ベン・ビラフロアらに連続KO負けだった。マルカノも苦難。次の防衛戦でビラフロアに判定負け、王座陥落。ノンタイトル戦が続き、WBC世界フェザー級王座決定戦に出場のチャンス。ボビー・チャコンにTKO負け。再起したが、二連続KO負けで引退。やや小粒だったのが、安定しなかった原因か?)


ファン・エレラ 11R KO ルイス・イバラ

(WBA世界フライ級タイトル戦、1981年9月)

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

イバラ:右ジャブ、左ストレート、フック   

エレラ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

11R:連打でイバラがダウン

(感想:エレラがタイトル獲得。王者イバラ(パナマ・コロン出身)は典型的なパナマのサウスポー(イラリオ・サパタのようなタイプ)。ベツリオ・ゴンサレスに判定勝ちしてWBA世界フライ級王座を獲得したが、初防衛戦で金泰式に2RでKO負け、王座陥落。サントス・ラシアルに判定勝ちして王座奪回。これが初防衛戦。挑戦者エレラはメキシコ・メリダ出身のファイター。ローカル王座(フライ級)獲得、アマド・ウルスア(後、WBC世界J・フライ級王座獲得)に勝利、といった実績。挑戦者の地元メキシコ・メリダでの一戦。互いに相手を警戒してガードを上げ、肩でリズムを取りながらジャブ、ストレート。共にパンチにキレがある。ジャブ、ワンツー、フック連打で攻めるエレラ。イバラはディフェンスしながらパワフルなフックで応戦。互いにボディ攻撃。一進一退の熱戦。11R、コーナー付近で連打を浴びたイバラがダウン。疲れ果てたように座り込んだまま10カウント。エレラが攻めの姿勢で押し切った。イバラもエレラの攻撃の隙を突く形で強いフックを当てていたが、エレラの勢いは落ちなかった。後、エレラはサントス・ラシアルにTKO負けして王座陥落。勝ったラシアルは日本で穂積秀一を2RでKOするなどフライ級のトップとして君臨。イバラは再起戦に判定勝ちして事実上のキャリア終了。1989年にカムバックしたが、一勝二敗で完全に引退。)


エレオンシオ・メルセデス 15R 判定 フレディ・カスティーリョ

(WBC世界フライ級タイトル戦、1982年11月)

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

カスティーリョ:右ジャブ、左ストレート、左右フック   

メルセデス:左ジャブ、右ストレート、左フック

(感想:メルセデスがタイトル獲得。王座交代が続いてWBC世界フライ級王座が安定していなかった頃の試合。王者カスティーリョ(メキシコ・メリダ出身)はこれまで40勝(24KO)11敗4分。プルデンシオ・カルドナから王座を奪ってこれが初防衛戦。WBC1位の挑戦者メルセデスはドミニカのラ・ロマナ出身で、16勝(5KO)6敗4分。連敗を喫するなど戦績はよくないが、日本でもおなじみの元WBA世界J・フライ級王者ファン・グスマンに1RでKO勝ちするなどこのところ連勝中。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦。サウスポーのカスティーリョがジャブ、左ストレートで攻める姿勢。スラリとしたメルセデスは距離を取ってシャープなジャブ、ワンツー、左フック。当てる器用さがあるメルセデス。攻めるカスティーリョをカウンターで迎え撃つ。カスティーリョのパンチがヒットするシーンもあるが、メルセデスがガードの隙を突く攻撃でポイント的に優勢。終盤はメルセデスもワンツー、ボディ打ちで前に出る。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。映像ではパンチの正確さでメルセデスがリードしているように見えたが、カスティーリョの攻める姿勢を評価したジャッジも。全体的にはディフェンスの差でメルセデスが優れていたように見えた。しかし、新王者メルセデスも初防衛に失敗(新王者はチャーリー・マグリ)。王座陥落後はヘルマン・トーレス、ラウル・ペレス、アルバート・ダビラらに連敗でキャリア終了。カスティーリョはノンタイトル戦が続き、アントニオ・アベラルにTKO負け。その再起戦でWBC王者ソット・チタラダに挑戦したが、判定負けで王座を奪回できず。それが最後の試合となった。)


①「WBA World Junior Lightweight Title  

Alfredo Marcano vs. Kenji Iwata」

②「WBA World Flyweight Title  

Luis Ibarra vs. Juan Herrera」

③「WBC World Flyweight Title 

Eleoncio Mercedes vs. Freddy Castillo」


サントス・ラシアル(Santos Laciar)のページ 

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ソット・チタラダ(Sot Chitalada)のページ

2026年2月13日金曜日

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ウェルター、ミドル級の実力者。「デマルコ vs. エイキンス(初戦)」「ジョーイ・ギアンブラ vs. ヤマ・バハマ、デヌッチ」を紹介します。


トニー・デマルコ(アメリカ)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


ジョー・デヌッチ(アメリカ)

身長174cm:オーソドックス(右構え)


バージル・エイキンス 14R KO トニー・デマルコ

(マサチューセッツ州世界ウェルター級王座決定戦、1957年10月)

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デマルコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

エイキンス:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

10R:右ストレート、左フックで2度、デマルコがダウン

12R:左フックでエイキンスがダウン

14R:左フックでデマルコがダウン

(感想:エイキンスがタイトル獲得。デマルコはマサチューセッツ州ボストン出身の白人で、ニックネームは「ボストンの爆撃機」。本名は「レオナルド・リオッタ」。11歳でボクシングを始め、1948年に16歳でプロデビュー(KO勝ち)。連勝しては敗北だったが、連戦連勝。世界ライト級王者ジミー・カーターとノンタイトル戦でドロー。その次の試合は1955年4月1日。ジョニー・サクストンを14RでKOして世界ウェルター級王者に。カーメン・バシリオにTKO負けで初防衛ならず。王座を懸けた再戦もバシリオのTKO勝ち。再起ロードは実力者との対戦。ガスパー・オルテガとの抗争後、連勝でこの決定戦。エイキンスはミズーリ州セントルイス出身の黒人。アマチュアからプロへ。1947年のデビュー戦はKO勝ち。以後、ウォレス・バッド・スミス、ジョー・ブラウンといったライト級実力者と対戦。ジョニー・サクストンに3-0の敗北。連戦連勝とはいかないが、中堅どころに連勝したり。直前の試合はギル・ターナーに判定負け(PTS)。デマルコの地元ボストンでの一戦。攻撃重視のデマルコ。左のガードを下げた構えからパワーを乗せたジャブ、ストレート、フック。打ち方が良く、左フックからの右ストレートといったコンビネーションも使う。しかしながら、動きの機敏さに欠け、打ち終わった後に隙ができる。スラリとした身体のエイキンス(身長175cm。リーチは185cmもある)はなかなかしたたかなボクシング。相手のゴツいパンチを何とかディフェンスしながら伸びのあるジャブを当てる。ワンツーにはキレ。10R、左フックを食って後退したデマルコ。右ストレートでダウン。立ったが、かなりのダメージ。左フックでさらにダウン。それでも前に出るデマルコ。ジャブを食うが、12Rに左フックでダウンを奪う。14R、打たれて後退したデマルコ。右フックからの左フックでダウン。立てず、KO。エイキンスがシャープなパンチを正確に決めて勝利。デマルコはスタミナが続かない様子だった印象。この試合の時点ではピークを過ぎていたか。その後、再戦が行われ、エイキンスがTKOで初防衛。その勢いでエイキンスは大きな試合。決定戦で世界ウェルター級王座獲得。しかし、ドン・ジョーダンに判定負けで初防衛ならず。王座を懸けた再戦も3-0で敗北。以後、ルイス・ロドリゲス(後、エミール・グリフィスを破って世界ウェルター級王座獲得)、デニー・モイヤー、ドン・フルマーらに敗北するなど負けが込むようになっていった。デマルコはその後、試合間隔が長めに。デニー・モイヤーにTKO負け、ドン・ジョーダンにKO勝ち。1962年、引退。)


ヤマ・バハマ 10R 判定 ジョーイ・ギアンブラ

(ミドル級戦、1961年5月)

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

バハマ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ギアンブラ:左ジャブ、右ストレート、左フック

(感想:バハマはバハマ出身の黒人で、本名は「ウィリアム・オラシオ・バトラー・ジュニア」(「存在をアピールできる目立つリングネームが必要」ということからマネージャーが「ヤマ・バハマ」と命名)。デビューから連勝。判定で初黒星。KO負けを喫したこともあったが、1958年6月18日に元世界ウェルター級王者キッド・ギャビランに判定勝ちして世界ミドル級ランキング入り(ギャビラン最後の試合)。しかし、連戦連勝とはいかず、ルイス・ロドリゲスらに敗北。このところ連勝中。ギアンブラはニューヨーク州バッファロー出身の白人。1949年にカナダでデビューし、その次の試合からはアメリカで。連勝後、判定で初黒星。さらに連勝後、ジョーイ・ジャーデロに判定負け。ジャーデロに判定で雪辱し、また連勝。中堅に連勝したり、ボビーダイクス、ボボ・オルソンといった実力者に判定負けしたり。実力者に及ばないキャリアだが、KO負けはこれまで一度も無し。このところ経験ある選手に連勝中でバハマ戦。ニューヨークでの一戦。ジャブを連打するバハマ。接近して左ボディ打ち。ワンツーにも良さ。しかしながら、1Rからギアンブラはクリンチ。バハマが攻めてはクリンチされるパターン。次第にギアンブラは左ジャブ、左フック。共に左のテクニックを持っているが、バハマは右ストレートを時折ヒットさせる。ギアンブラも右ストレートを当てるなど隙を突く巧さがあるが、積極的な攻めに乏しい。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。クリンチが多かった試合。攻勢点でバハマ勝利。残念だったギアンブラ。自信を持っていけばもっといい試合ができたはず。それがトップには及ばない原因か? その後のバハマ。世界ウェルター級王者エミール・グリフィスにノンタイトル戦で判定負け(1961年7月29日)。そして、またしてもルイス・ロドリゲスに敗北。世界戦を経験することなくキャリアを終えたが、粘り強い積極的な試合ぶりがファンに好評。テレビ中継もされたことから全国的に人気があったとか。2010年、フロリダ・ボクシング殿堂入り。)


ジョー・デヌッチ 10R 判定 ジョーイ・ギアンブラ

(ミドル級戦、1963年4月)

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デヌッチ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ギアンブラ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:デヌッチはマサチューセッツ州ニュートン出身の白人。1957年にデビュー。中堅相手に連勝。ラルフ・ジョーンズに敗北したが、雪辱。ジョーイ・ジャーデロとドロー。ドン・フルマーに判定負け後、四連勝でギアンブラ戦。ギアンブラはバハマ戦後、1962年10月にデニー・モイヤーと新設された世界ジュニアミドル級王座を争って判定負け。再起戦でルイス・ロドリゲスに判定負け。マサチューセッツ州ボストンでの一戦。デヌッチがジャブ連打、右ストレート、ショートフックで攻めの姿勢。1Rから右ボディからの左フックをヒットさせる。ギアンブラは手が出ない。ただ、パンチ自体は悪くなく、デヌッチは攻められてクリンチ。4R、接近戦。フック、ボディ打ちでの打ち合いでリングサイドの客がスタンディング・オベーション。その後も手数でデヌッチ。ギアンブラは右ストレート、左フックに良さがあり、左ボディダブルからの右ストレートといったコンビネーションも持っているが、積極的な攻めが少ない。10R、攻めるギアンブラ。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。手数でデヌッチ勝利。ギアンブラはもう一つ加速できなかった。これが最後の試合に。その後のデヌッチ。連敗したが、中堅相手に連勝。キャリア末期、エミール・グリフィスに2-1で二連敗。引退後、マサチューセッツ州の下院議員を10年間務め、人事委員会の委員長に。1987年から2011年までマサチューセッツ州の監査役を務めたそうだ。)


①「Vacant Massachussets version of World Welterweight Title

Tony DeMarco vs. Virgil Akins」

②「Middleweight 

Yama Bahama vs. Joey Giambra」

③「Middleweight 

Joe DeNucci vs. Joey Giambra」

 

2026年2月11日水曜日

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ミドル、ウェルター級の実力者。「アポストリ vs. エイブラムズ」「アート・アラゴン vs. デイビス、デイビー」ほかを紹介します。


フレッド・アポストリ(アメリカ)

身長177cm:オーソドックス(右構え)


アート・アラゴン(アメリカ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)


チャック・デイビー(アメリカ)

身長175cm:サウスポー


フレッド・アポストリ 10R 判定 ジョージー・エイブラムズ

(ミドル級戦、1947年11月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アポストリ:左ジャブ、右ストレート、フック   

エイブラムズ:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:アポストリのキャリア末期の試合。カリフォルニア州サンフランシスコ出身の白人アポストリ(野球のスター、ジョー・ディマジオの同級生であり友人)。アマチュアで全米ミドル級王者に。1934年にプロデビュー。連勝だったが、実力者フレディ・スティールにTKOで初黒星。そこから連勝。判定負けを一つ喫したが、1937年9月23日に「IBU」なる団体のミドル級王座獲得。スティールにTKOで雪辱、ヤング・コーベット3世に判定負け。1938年4月1日、グレン・リーを判定で下してニューヨーク州公認世界ミドル級王者に。コーベット3世にTKOで雪辱すると共に王座防衛。後の世界ライトヘビー級王者ビリー・コンに3-0で二連敗。1939年10月2日、セフェリノ・ガルシアにKO負けで王座陥落。以後もリングへ。トニー・ゼールに判定負けしたが、中堅相手に連勝。第二次大戦でキャリア中断(アメリカ海軍に従軍)。戦後に復帰し、毎月のようにリング。このところ連勝中でエイブラムズ戦。エイブラムズはバージニア州ロアノーク出身の白人で、こちらもベテラン。1937年、デビュー(KO勝ち)。連勝後、KOで初黒星。以後、判定負けはあったが、連勝。1941年11月28日、トニー・ゼールの世界ミドル級王座に挑戦して3-0の敗北。戦争でキャリア中断。戦後、復帰。マルセル・セルダン、シュガー・レイ・ロビンソンに判定負け。直前の試合はTKO負け。共通点の多い二人の対決。サンフランシスコでの一戦。共に左のガードを下げた構えから速いジャブ。エイブラムズは左のテクニックの持ち主で、左フックを巧く使う。ワンツー、斜め下からの右フック、ボディ打ちにも良さ。アポストリは右パンチに自信があるらしく、踏み込んで右ストレート、ケンカみたいな粗い左右フック連打。攻めるアポストリ、応戦するエイブラムズ。互いのパンチがヒット。10R終了。判定は2-0(ダウンシーンは無し)。攻勢点でアポストリ。5Rに強烈な右パンチを当てたように右に強さがあった。エイブラムズも打ち合いに応じる勇敢さ。敗者がいない対決だった印象。その後の二人。エイブラムズは次の試合にTKO負けで引退。アポストリはこの試合から約一年後に3-0の敗北、引退。通算戦績61勝(31KO)10敗1分。国際ボクシング殿堂入り。)


アート・アラゴン 10R TKO ヘンリー・デイビス

(ウェルター級戦、1953年8月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アラゴン:左ジャブ、右ストレート、フック   

デイビス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:アラゴンはニューメキシコ州ベレン出身の白人。ニックネームは「ゴールデン・ボーイ」(派手好きな個性派タイプ。映画に出演し、マリリン・モンローらハリウッドの人間とも交流)。1944年にプロデビュー。敗北しながらも多くの勝利。カリフォルニア州王座(ライト級)を決定戦で獲得。連勝の勢いで世界ライト級王者ジミー・カーターにノンタイトル戦で勝利。その次の試合は世界王座を懸けたダイレクト・リマッチ(1951年)。しかし、ダウンを食って王座奪取ならず。その後、一つ判定負けしたが、おおむね好調。デイビスはジョージア州アトランタ出身の黒人。戦時中はハワイ・パールハーバーで任務。その後、ホノルルで1945年6月(まだ戦時中)にプロデビューしてドロー。日系人らしい選手らを相手に連勝。ハワイ王座(フェザー級)に挑戦して判定負け、初黒星。1948年5月25日、あのマヌエル・オルチス(元世界バンタム級王者)に2-1の敗北。それが良い経験になったか、ハワイ王座(フェザー級)獲得、オルチスに3-0で雪辱。ハワイを離れ、ニューヨークやカリフォルニアに転戦。階級を上げたこともあってこのところ敗北するなど苦戦中。カリフォルニア州デーリー・シティでの一戦。先制攻撃のデイビス。1R開始から右ストレート、左右フック連打。アラゴンは腕をクロスするブロックを使ったりしながらリズミカルにワンツー、フック、右アッパー。しかし、真っ直ぐ攻めるクセがある(雰囲気的に井岡弘樹のようなタイプ)。接近戦が続く。手数のデイビス。しかし、ワンツー、フックを当てる巧さでアラゴンが優勢か? 10R、打ち合いの中、レフェリーがブレイク。デイビスがドクターチェックされ、試合終了。「口からの出血」で止められたデイビスは納得いかない表情で「オレは負けてない!」といった態度だった。激しい試合となったが、アラゴンが正確な攻撃&ガードで勝利。ただ、一発のパンチは軽めだったか。デイビスは頑張るタイプだが、そこまで。その後、デイビスは連敗するなど多くの敗北。1956年、引退。)


アート・アラゴン 10R 判定 チャック・デイビー

(ウェルター級戦、1954年2月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デイビー:右ジャブ、左ストレート、左フック   

アラゴン:左ジャブ、右ストレート、左フック   

(感想:デイビス戦の次の試合で判定負けしたアラゴン。再起二連勝でデイビー戦。デイビーはミシガン州デトロイト出身の白人サウスポー。アマチュアでは敗北は一度だけ。1949年のプロデビューから連勝。1952年、元世界ライト級王者アイク・ウィリアムスにTKO勝ち。同年、後の世界ウェルター級王者カーメン・バシリオとドロー、3-0の勝利。その次の試合で元世界ミドル級王者ロッキー・グラジアノに3-0の勝利(グラジアノの引退試合となった)。翌年、世界ウェルター級王者キッド・ギャビランに挑戦してTKO負け、初黒星。再起二連勝からの二連敗でアラゴン戦。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦。リズミカルなフットワークで相手から距離を取って右ジャブのデイビー。パワーはそれほど感じられないが、ワンツーからの右フックなどテンポの良さがある。アラゴンは左ジャブを使いながらキレのある右ストレート、左フックで前進。映像ではアウトボクシングのデイビーの方が見栄えがいいが、アラゴンも良い右ストレート。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。攻勢点でアラゴン。しかし、自身の試合ぶりに不満だったか、アラゴンはサッサとリングを降りていった。その後のアラゴン。多くの試合。ドン・ジョーダン、ジミー・カーター(三戦目)に勝利。しかし、世界戦はカーター戦のみに終わった。1960年に引退した後、保釈保証人になったそうだ。)


チャック・デイビー 10R 判定 ジェラルド・ドレイアー

(ミドル級戦、1954年4月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デイビー:右ジャブ、左ストレート、左フック   

ドレイアー:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:アラゴンに敗れたデイビーの再起戦。ドレイアーは南アフリカ・プレトリア出身の白人。1948年のロンドン・オリンピックにライト級で出場して金メダル。同年、プロデビュー。南アフリカ王座(ライト級)を獲得するなど連勝。英国で1RでKO負けして初黒星。アメリカで連勝。地元で英連邦王座(ウェルター級)獲得。その後、判定負けやドロー。TKO負けで英連邦王座陥落。再起二連勝でデイビー戦。共にアマチュアで実績。どんな動きを見せるか?  カリフォルニア州オークランドでの一戦。共にスリムな体型。サウスポーのデイビー。足でリズムを取りながら右ジャブ、左ストレート、斜め下からの左フック(この試合では具志堅用高に似た動き、打ち方)。ドレイアーはサウスポーが苦手なのか、ぎこちない打ち方。左ジャブはまずまずだが、右ストレートをディフェンスされる。デイビーがジャブ、左パンチ(ストレート、ボディ打ち)、クリンチで優勢。ドレイアーは右フックを当てるシーンもあるが、当たりが浅め。5Rには右ストレートからの左フックを決めたが、そこまで。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。サウスポーのテクニックでデイビー勝利。ドレイアーは金メダリストとは思えない動き。残念ながら、どちらももう一つ。プロらしい迫力に欠けていた。その後の二人。デイビーは三試合やって引退。ドレイアーは勝ったり負けたり。1955年のラストファイトは南アフリカ王座戦(ウェルター級)で、TKO負け。世界挑戦の話もあったが、結局、叶わず。1985年9月5日、55歳の若さで死去(死因は不明)。)


①「Middleweight 

Fred Apostoli vs. Georgie Abrams」

②「Welterweight 

Art Aragon vs. Henry Davis」

③「Welterweight 

Chuck Davey vs. Art Aragon」

④「Middleweight 

Chuck Davey vs. Gerald Dreyer」

 

2026年2月6日金曜日

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

50年代のヘビー級実力者。「レイン  vs. セサール・ブリオン」「ノークス vs. ダニー・ナルディコ(初戦・再戦)」を紹介します。


レックス・レイン(アメリカ)

身長185cm:オーソドックス(右構え)


チャーリー・ノークス(アメリカ)

身長177cm:オーソドックス(右構え)


レックス・レイン 10R 判定 セサール・ブリオン

(ヘビー級戦、1951年2月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

レイン:左ジャブ、右ストレート、フック   

ブリオン:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:レインはユタ州ルイストン出身の白人。第二次大戦中は日本でも従軍。ボクシングを始めたのは軍隊で。アマチュアのリングに上がりながら農業。大会で優勝する実績を上げたが、1948年のロンドン・オリンピックには出場ならず。1949年、プロデビュー(TKO勝ち)。ローカル試合で連勝後、判定で初黒星。その相手に判定で雪辱したり、ローカル王座を獲得したり。1950年11月24日、後に世界王者になるジャージー・ジョー・ウォルコットに3-0の勝利。勢いのある状況でブリオン戦。ブリオンはアルゼンチン・ビヤマリア出身。1946年、プロデビュー(KO勝ち)。連勝後、主戦場をニューヨークに。更に連勝したが、判定で二連敗。直前の試合は元世界王者ジョー・ルイスに判定負け。ロッキー・マルシアノとトレーニングを積んだきたということだが、その実力はいかほどか? ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。攻めるレイン。ワンツーに威力とキレ。左フックからの右ストレート。単発のフックはやや粗い打ち方。ブリオンもワンツー、左フックを出すが、動きのキレがもう一つ。そのため接近戦ではボディの打ち合い、もみ合い、クリンチ。正確なジャブで試合をリードするレイン。ブリオンは右ストレートをかわされる。クリンチが増えていくが、レインはあくまで攻めの姿勢。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。勢いでレイン勝利。連打されるシーンもあったが、タフさでカバー。ブリオンはパンチ自体は良かったが、動きの機敏さに欠けていたのが惜しい。その後の二人。ブリオンはルイスにまたしても判定負け。エザード・チャールズに判定負けするなど勝ったり負けたりに。レインはボブ・サタフィールドらを相手に連勝。しかし、ロッキー・マルシアノ、エザード・チャールズに連続KO負け。その後も多くの試合。チャールズと判定で一勝一敗。しかし、負けが込むようになっていった。)


チャーリー・ノークス 9R TKO ダニー・ナルディコ

(ヘビー級戦、1954年1月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ノークス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナルディコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

2R:右カウンターでナルディコがダウン

3R:右カウンター、左フック、右カウンターで3度、ナルディコがダウン

4R:右ストレートでノークスがダウン

7R:右フックでノークスがダウン

9R:右カウンター、左フックで2度、ナルディコがダウン

(感想:ニューヨーク州ベルローズ出身の白人ノークス。ニックネームは「爆撃機」。1948年のプロデビュー戦は判定負け。「ジョージ・ワシントン」なる選手にはTKO負け。慣れてきたか、連勝。ワシントンにKOで雪辱したが、セサール・ブリオンに負傷TKO負け。連敗、連勝。安定しないキャリアだが、どんな動きを見せるか? ナルディコはオハイオ州ペインズヴィル出身の白人。身長は177cmで、ヘビー級としては小さめ。しかし、高校時代にフットボールで鍛え、アメリカ海兵隊に所属して過酷な経験(結果的に第二次世界大戦と朝鮮戦争の両方に従軍)。ウィリー・ペップの指導を受け、1949年にプロデビュー(引き分け)。勝ったり負けたり後、ライトヘビー級で中堅相手におおむね好調。1952年12月31日、ベテランのジェイク・ラモッタからダウンを奪ってTKO勝ち。(後年、ラモッタの人生を描いた映画『レイジング・ブル』が制作されたが、ナルディコはこの試合のことが映画に出てこなかったため不愉快な気分になったという)。その次の試合は前世界ライトヘビー級王者ジョーイ・マキシムとの対戦で、3-0の敗北。四連勝でノークス戦。フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦。フックがパワフルなノークス。ガードを下げた構えからジャブ、フック。特に斜め下からの右フック、右アッパーに迫力。ナルディコは足で軽くステップを踏みながら左ジャブ、右ストレート、接近して左フック。共に動きのスピードはまずまず。2Rに大きな動き。ノークスの強烈な右フックカウンターがヒット。さらに右フックカウンターでナルディコがダウン。3R、ノークスが右アッパーからの左フック。そして右フックカウンター(&フォローの左フック)でナルディコが三度もダウン。それでも前に出るナルディコ。4Rに左フックを決め、右ストレートでノークスを倒す。これが完全に効いたノークス。以後はディフェンスしながら右パンチで対抗。ナルディコは攻めるが、攻めが正直すぎてディフェンスされがち。7R、右フックでノークスがダウン。その後、耐えるノークス、攻めるナルディコ。9R、右フックカウンター、左フックでナルディコが二度ダウン。それでも立ち上がるナルディコだが、強いフックを連続して食らってレフェリーストップ。なかなかの激戦だった試合。共にパワー。ガードに甘さがあるノークス、正直に攻めるナルディコ。互いのパンチが当たり、熱い試合となった。全体的なパワーはノークス、タフネスはナルディコだった印象。両者は二ヶ月後にダイレクト・リマッチ。ダメージはどうなのか?)


チャーリー・ノークス 10R 判定 ダニー・ナルディコ

(ヘビー級戦、1954年3月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ノークス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナルディコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:再戦。試合地は前回と同じ、フロリダ州マイアミ・ビーチ。開始から攻めるナルディコ。相変わらず真っ直ぐ攻めるが、相手の右カウンターを肩と腕を使ってディフェンス。左フックを当てようとする。ノークスは前回の右が当たらず。しかし、パワー&意外な器用さを披露。打ち下ろす右ストレート、コンビネーション(右アッパーからの左フック。初戦でも見せた)に迫力があり、インサイドからパンチ、隙を突く左フック連打。接近戦ではもみ合いも多い。10R、ノークスの右フックカウンターがヒット。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。再戦はノークスが器用さで勝利。ナルディコは前回の試合をよく研究したのだろうが、真っ正直に攻めるクセ。一流ボクサーは同じ手は二度食わないものだが、ナルディコは少し食った。その後の二人。ナルディコは三試合やって引退。引退後はプロレスにも挑戦。ノークスはブリオンに判定で雪辱したが、エザード・チャールズ、ウィリー・パストラーノ、アーチー・ムーアに判定負け。中堅どころでキャリアを終えた。)


①「Heavyweight 

Rex Layne vs. Cesar Brion」

②「Heavyweight 

Charley Norkus vs. Danny Nardico」

③「Heavyweight 

Charley Norkus vs. Danny Nardico」