ヘビー級。タフネスが武器の白人。パット・マクマートリー戦、トニー・アロンギ戦、バスター・マシス戦を紹介します。
ジョージ・シュバロ(カナダ)
身長183cm:オーソドックス(右構え)
①パット・マクマートリー 10R 判定 ジョージ・シュバロ
(ヘビー級戦、1958年)
シュバロ:左ジャブ、右ストレート、フック
マクマートリー:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:カナダ・オンタリオ州トロント出身の白人シュバロ(本名は「ジュレ・チュバロ」)。頑丈な身体が武器だった男。世界ヘビー級王座に二度挑戦し、全キャリアで一度もダウンしなかったという。両親はクロアチアからの移民。アマチュアでは16戦全勝で、カナダ王者に。1956年のメルボルン・オリンピックのカナダ代表に選出されたが、生活のためにオリンピックを辞退。1956年にプロデビュー。面白いことに当時、ジャック・デンプシーがヘビー級トーナメントを開催。デビュー戦がトーナメント一回戦で、KO勝ち。結局、四連続KO勝ちで優勝(全試合が1日で行われた)その後、連勝しては判定負け。カナダ王座決定戦に出場し、1RでのKOで王者に。その次の試合は初のアメリカでの試合。マクマートリーはワシントン州タコマ出身の白人で、アイルランド系。アマチュアで活躍。海兵隊に入って、そこでもボクシング。1954年にプロデビュー。元世界王者エザード・チャールズらに連勝。ウィリー・パステラノに判定で初黒星。連勝後、判定負け。そこからまた連勝でシュバロ戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。共に慎重な性格。相手を警戒しながら左ジャブ。スピードはそこそこ。パワーを込めるシュバロ。右ストレート、左フック、左ボディ打ちに強さ。時にはバランスを崩すほど大振りの左フック。ジャブで先手を取り、ワンツーからの左フックも披露。2Rには左フックでマクマートリーをグラつかせる。マクマートリーは積極さが足りない試合ぶりだが、徐々に自分のペースに。ジャブに正確さがあり、ディフェンスしながらジリジリ前進。シュバロはジャブを当てられ、フックをかわされて思わず後退。9R、シュバロが大きな左フックを連発し、リングサイドが沸く。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マクマートリーがジャブ&ディフェンスでヘビー級らしからぬ地味な勝利。シュバロはパワーを見せたが、ジャブ、接近戦での細かいパンチを食った。これが良い経験になればいいのだが。その後のマクマートリー。次の試合でニノ・バルデスに1RでTKO負け。連勝後、エディ・マッチェンに1RでKO負け。その試合で脳損傷、引退。その後はレフェリーとしてボクシング界に貢献。)
②ジョージ・シュバロ 10R 引分 トニー・アロンギ
(ヘビー級戦、1963年)
シュバロ:左ジャブ、右ストレート、フック
アロンギ:左ジャブ、右ストレート、左フック
(ダウンシーン)
3R:右ストレートでアロンギがダウン
(感想:マクマートリー戦後、カナダ王座戦で勝ったり負けたりのシュバロ。中堅相手に連勝でアロンギ戦。アロンギはニュージャージー州パセーイク出身の白人で、長身(191cm。リーチは203cmもある)。憧れの選手はロッキー・マルシアノ。アマチュアでは全勝(ミドルとライトヘビーで大会優勝経験)。プロではチャーリー・ゴールドマン(マルシアノを指導)の指導を受け、デビューから連勝。「期待のホープ」に。TKOでの初黒星で急ブレーキ。さらにTKO負けでプロ二敗目。再起二連勝で、シュバロと勝負。フロリダ州マイアミ・ビーチ(アロンギの主戦場と言ってもいい場所)での一戦。アウトボクサーのアロンギ。フットワーク&ジャブ連打。シュバロはジャブを使いながら接近して左フック。接近戦はフックでもみ合い。3R、右ストレートでダウン寸前になったアロンギ。何とか踏みとどまったが、右ストレートでダウン。その後もアロンギはフットワーク&クリンチ。ただ、ワンツーは悪くない。左フックがパワフルなシュバロだが、追い掛ける足が無い。10R、シュバロが激しいフック攻撃。10R終了。採点ミスで「アロンギ勝利」がアナウンスされたが、公式結果はドロー。共に良さと欠点。アロンギはヘビー級選手にしては迫力不足。シュバロはスピード不足。シュバロの方がマルシアノの雰囲気があった。その後のアロンギ。中堅相手に連勝、ジェリー・クォーリーと二度対戦していずれもドロー。プロ二敗目以後は負け無しだったが、1967年に27歳で引退。その後は南フロリダで静かな生活を送った。)
その後のシュバロ
アロンギ戦の次の相手はゾラ・フォーリーで、3-0の敗北。再起戦でカナダ王座獲得。ダグ・ジョーンズにTKO勝ち、フロイド・パターソンに判定負け、アーニー・テレルのWBA世界ヘビー級王座に挑戦して判定負け、モハメド・アリのWBC世界ヘビー級王座に挑戦して判定負け、中堅相手に連勝、ジョー・フレージャーにTKO負け。そこから連勝でバスター・マシスと勝負。
③バスター・マシス 12R 判定 ジョージ・シュバロ
(ヘビー級戦、1969年)
シュバロ:左ジャブ、右ストレート、フック
マシス:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:マシスはミシシッピ州スレッジ出身の黒人。アマチュアで活躍。しかし、手を骨折して東京オリンピック出場ならず。代役で出場したフレージャーは金メダルを獲得。プロでフレージャーと空位のニューヨーク州公認世界ヘビー級王座を懸けて対戦したが、TKO負けで脱落(1968年)。そこから連勝でシュバロ戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。いきなり左フックをかますシュバロ。マシスも左フック、右ストレートで報復。しかしながら、マシス。打ち合いは避けたいらしく、その後はフットワーク&ジャブ。相手の接近をクリンチで阻止するアウトボクシング作戦。シュバロはジャブで前進し、左フックを打ち込むが単発。追い足の遅さもあってマシスを捉えられない。マシスはインサイドからの右アッパー、斜め下からの左フックなどパンチの打ち方は良いが、打ち合いを避ける試合ぶりのため腰が引けたパンチが目立つ。残念な状況が続く中、11Rにシュバロが豪快な左フック。マシスはパワフルに応戦したが、やっぱりクリンチ。12R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マシスがクリンチ作戦で勝利。世界ヘビー級王座を目指す選手同士にしてはイマイチだった試合。その後、マシスはジェリー・クォーリー、モハメド・アリ、ロン・ライルに敗れてキャリア終了。素晴らしい才能を持っていたが、鋭さを失っていったキャリアだった。引退後は肥満が原因と思われる様々な健康問題。1995年9月6日に52歳で心不全で死去。)
その後のシュバロ
ジェリー・クォーリーにKO勝ち、ジョージ・フォアマンにTKO負け、ジミー・エリスに判定負け、モハメド・アリの北米ヘビー級王座に挑戦して判定負け。地元では強く、カナダ王座戦でKO勝ち。一度引退したが、カムバックしてカナダ王座をKOで奪回、防衛。結局、フレージャー、フォアマンにはTKO負けしたが、全キャリアで一度もダウン無し。アリが「今まで戦った中で最もタフな男だ」と語ったほどの岩石男。引退後は役者になり、映画やTV映画に出演。両親の出生地に銅像が建てられたり、自伝を出したり。しかしながら、家族関係で悲劇。薬物が原因で三人の子を亡くし、妻は自殺。シュバロ自身も経済的に困窮していたが、講演活動で人生を立て直し(再婚も)。施設を建て、若者向けのレクリエーション・プログラムを提供する慈善的な生き方。生き残った2人の子は堅実な生活。今もシュバロは存命だが、重度の認知症を患っているという。同じくタフネスを誇ったジェリー・クォーリーはボクシングの後遺症で若くして死去。タフネスの代償は大きい。
①「Heavyweight
George Chuvalo vs. Pat McMurtry」
②「Heavyweight
George Chuvalo vs. Tony Alongi」
③「Heavyweight
George Chuvalo vs. Buster Mathis」
モハメド・アリ(Muhammad Ali)のページ
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ジョージ・フォアマン(George Foreman)のページ
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ジェリー・クォーリー(Jerry Quarry)のページ
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バスター・マシス(Buster Mathis)のページ






