ウェルター、ミドル級の実力者。「デマルコ vs. エイキンス(初戦)」「ジョーイ・ギアンブラ vs. ヤマ・バハマ、デヌッチ」を紹介します。
トニー・デマルコ(アメリカ)
身長165cm:オーソドックス(右構え)
ジョー・デヌッチ(アメリカ)
身長174cm:オーソドックス(右構え)
①バージル・エイキンス 14R KO トニー・デマルコ
(マサチューセッツ州世界ウェルター級王座決定戦、1957年10月)
デマルコ:左ジャブ、右ストレート、フック
エイキンス:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
10R:右ストレート、左フックで2度、デマルコがダウン
12R:左フックでエイキンスがダウン
14R:左フックでデマルコがダウン
(感想:エイキンスがタイトル獲得。デマルコはマサチューセッツ州ボストン出身の白人で、ニックネームは「ボストンの爆撃機」。本名は「レオナルド・リオッタ」。11歳でボクシングを始め、1948年に16歳でプロデビュー(KO勝ち)。連勝しては敗北だったが、連戦連勝。世界ライト級王者ジミー・カーターとノンタイトル戦でドロー。その次の試合は1955年4月1日。ジョニー・サクストンを14RでKOして世界ウェルター級王者に。カーメン・バシリオにTKO負けで初防衛ならず。王座を懸けた再戦もバシリオのTKO勝ち。再起ロードは実力者との対戦。ガスパー・オルテガとの抗争後、連勝でこの決定戦。エイキンスはミズーリ州セントルイス出身の黒人。アマチュアからプロへ。1947年のデビュー戦はKO勝ち。以後、ウォレス・バッド・スミス、ジョー・ブラウンといったライト級実力者と対戦。ジョニー・サクストンに3-0の敗北。連戦連勝とはいかないが、中堅どころに連勝したり。直前の試合はギル・ターナーに判定負け(PTS)。デマルコの地元ボストンでの一戦。攻撃重視のデマルコ。左のガードを下げた構えからパワーを乗せたジャブ、ストレート、フック。打ち方が良く、左フックからの右ストレートといったコンビネーションも使う。しかしながら、動きの機敏さに欠け、打ち終わった後に隙ができる。スラリとした身体のエイキンス(身長175cm。リーチは185cmもある)はなかなかしたたかなボクシング。相手のゴツいパンチを何とかディフェンスしながら伸びのあるジャブを当てる。ワンツーにはキレ。10R、左フックを食って後退したデマルコ。右ストレートでダウン。立ったが、かなりのダメージ。左フックでさらにダウン。それでも前に出るデマルコ。ジャブを食うが、12Rに左フックでダウンを奪う。14R、打たれて後退したデマルコ。右フックからの左フックでダウン。立てず、KO。エイキンスがシャープなパンチを正確に決めて勝利。デマルコはスタミナが続かない様子だった印象。この試合の時点ではピークを過ぎていたか。その後、再戦が行われ、エイキンスがTKOで初防衛。その勢いでエイキンスは大きな試合。決定戦で世界ウェルター級王座獲得。しかし、ドン・ジョーダンに判定負けで初防衛ならず。王座を懸けた再戦も3-0で敗北。以後、ルイス・ロドリゲス(後、エミール・グリフィスを破って世界ウェルター級王座獲得)、デニー・モイヤー、ドン・フルマーらに敗北するなど負けが込むようになっていった。デマルコはその後、試合間隔が長めに。デニー・モイヤーにTKO負け、ドン・ジョーダンにKO勝ち。1962年、引退。)
②ヤマ・バハマ 10R 判定 ジョーイ・ギアンブラ
(ミドル級戦、1961年5月)
バハマ:左ジャブ、右ストレート、フック
ギアンブラ:左ジャブ、右ストレート、左フック
(感想:バハマはバハマ出身の黒人で、本名は「ウィリアム・オラシオ・バトラー・ジュニア」(「存在をアピールできる目立つリングネームが必要」ということからマネージャーが「ヤマ・バハマ」と命名)。デビューから連勝。判定で初黒星。KO負けを喫したこともあったが、1958年6月18日に元世界ウェルター級王者キッド・ギャビランに判定勝ちして世界ミドル級ランキング入り(ギャビラン最後の試合)。しかし、連戦連勝とはいかず、ルイス・ロドリゲスらに敗北。このところ連勝中。ギアンブラはニューヨーク州バッファロー出身の白人。1949年にカナダでデビューし、その次の試合からはアメリカで。連勝後、判定で初黒星。さらに連勝後、ジョーイ・ジャーデロに判定負け。ジャーデロに判定で雪辱し、また連勝。中堅に連勝したり、ボビーダイクス、ボボ・オルソンといった実力者に判定負けしたり。実力者に及ばないキャリアだが、KO負けはこれまで一度も無し。このところ経験ある選手に連勝中でバハマ戦。ニューヨークでの一戦。ジャブを連打するバハマ。接近して左ボディ打ち。ワンツーにも良さ。しかしながら、1Rからギアンブラはクリンチ。バハマが攻めてはクリンチされるパターン。次第にギアンブラは左ジャブ、左フック。共に左のテクニックを持っているが、バハマは右ストレートを時折ヒットさせる。ギアンブラも右ストレートを当てるなど隙を突く巧さがあるが、積極的な攻めに乏しい。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。クリンチが多かった試合。攻勢点でバハマ勝利。残念だったギアンブラ。自信を持っていけばもっといい試合ができたはず。それがトップには及ばない原因か? その後のバハマ。世界ウェルター級王者エミール・グリフィスにノンタイトル戦で判定負け(1961年7月29日)。そして、またしてもルイス・ロドリゲスに敗北。世界戦を経験することなくキャリアを終えたが、粘り強い積極的な試合ぶりがファンに好評。テレビ中継もされたことから全国的に人気があったとか。2010年、フロリダ・ボクシング殿堂入り。)
③ジョー・デヌッチ 10R 判定 ジョーイ・ギアンブラ
(ミドル級戦、1963年4月)
デヌッチ:左ジャブ、右ストレート、フック
ギアンブラ:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:デヌッチはマサチューセッツ州ニュートン出身の白人。1957年にデビュー。中堅相手に連勝。ラルフ・ジョーンズに敗北したが、雪辱。ジョーイ・ジャーデロとドロー。ドン・フルマーに判定負け後、四連勝でギアンブラ戦。ギアンブラはバハマ戦後、1962年10月にデニー・モイヤーと新設された世界ジュニアミドル級王座を争って判定負け。再起戦でルイス・ロドリゲスに判定負け。マサチューセッツ州ボストンでの一戦。デヌッチがジャブ連打、右ストレート、ショートフックで攻めの姿勢。1Rから右ボディからの左フックをヒットさせる。ギアンブラは手が出ない。ただ、パンチ自体は悪くなく、デヌッチは攻められてクリンチ。4R、接近戦。フック、ボディ打ちでの打ち合いでリングサイドの客がスタンディング・オベーション。その後も手数でデヌッチ。ギアンブラは右ストレート、左フックに良さがあり、左ボディダブルからの右ストレートといったコンビネーションも持っているが、積極的な攻めが少ない。10R、攻めるギアンブラ。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。手数でデヌッチ勝利。ギアンブラはもう一つ加速できなかった。これが最後の試合に。その後のデヌッチ。連敗したが、中堅相手に連勝。キャリア末期、エミール・グリフィスに2-1で二連敗。引退後、マサチューセッツ州の下院議員を10年間務め、人事委員会の委員長に。1987年から2011年までマサチューセッツ州の監査役を務めたそうだ。)
①「Vacant Massachussets version of World Welterweight Title
Tony DeMarco vs. Virgil Akins」
②「Middleweight
Yama Bahama vs. Joey Giambra」
③「Middleweight
Joe DeNucci vs. Joey Giambra」





















