2026年2月20日金曜日

ジェイソン・パガラ(Jason Pagara)&アルバート・パガラ(Albert Pagara)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

フィリピンの「ボクシング兄弟」。「ジェイソン vs. コンデット、モントヤ(再戦)、エレラ」「アルバート vs. プーファ」戦を紹介します。


ジェイソン・パガラ(フィリピン)

身長173cm:オーソドックス(右構え)

ジェイソン・パガラ(Jason Pagara)&アルバート・パガラ(Albert Pagara)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アルバート・パガラ(フィリピン)

身長168cm:オーソドックス(右構え)


ジェイソン・パガラ 4R TKO コンデット・シットラトラガーン

(ライト級戦、2008年8月)

パガラ:左ジャブ、右ストレート、左フック

コンデット:左ジャブ、右ストレート、左フック

(ダウンシーン)

1R:左ボディでコンデットがダウン

(感想:新鋭パガラ。フィリピンは小さい階級の選手が多いが、パガラは重い階級。ミンダナオ島のカガヤン・デ・オロ出身。8歳でボクシングを始め、18歳でプロ入り。これまで14勝(8KO)1敗。フィリピン王座、WBOアジア・ユース王座(いずれもライト級)を獲得している。コンデットはタイ・バンコク出身。デビューから連敗(日本でも敗北)。二線級の選手(TVテロップには「17勝(6KO)15敗」とあるが、不正確なもののような気がする)。フィリピン・セブでの一戦。1R、共にガードを上げてジャブ、ストレート、フック。パガラはやや前傾姿勢で、ワンツーを主体とするボクサータイプ。コンデットはややアップライトで右ストレート、左フック。左ボディでコンデットがあっけなくダウン。2R、ワンツーでコンデットがダウン寸前。その後も慎重に攻めるパガラ。コンデットは反撃するが、打ち終わった後にバランスを崩すなどガードに隙がある。4R、コンデットが左ボディを打たれたところでレフェリーストップ。パガラが正統派スタイルで勝利。パワーはまずまずだが、ワンツー、左フックに良さがあった。その後のコンデット。次の試合でチャッチャイ・サーサクン(ユーリ・アルバチャコフとの試合で有名)にKO負け。「かませ犬」なキャリアだった。)


ジェイソン・パガラ 6R TKO ロスベル・モントヤ

(WBOスーパーライト級インター王座決定戦、2012年8月)

パガラ:左ジャブ、右ストレート、フック

モントヤ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:連打でモントヤがダウン

3R:左ボディ、連打で2度、モントヤがダウン

6R:右ストレートでモントヤがダウン

(感想:パガラがタイトル獲得。コンデット戦後も地元での地域王座戦などで勝ち続けたパガラ。WBOアジア・ユース王座戦(スーパーライト級)でモントヤに敗北。空位のインター王座を懸けてモントヤと再戦。モントヤはメキシカン。デビューから連勝だったが、WBC米大陸王座戦(ライト級)でTKO負け。パガラに勝利してユース王座獲得。しかし、直前の試合はKO負け。コンディションはどうか? セブでの一戦。1R、ジャブ、ストレート、左ボディ打ちにパワーがあるパガラ。モントヤはブロックしながらワンツー、左フック。連打でモントヤが早くもダウン。その後もモントヤはワンツー、パガラはボディ連打。3R、モントヤが二度ダウン。6R、右ストレートを腕に打たれたモントヤ。さらに腕に打たれてダウン。レフェリーはその姿を見て試合を止めた。パガラがパワーで快勝。ボディ攻撃が効果的だった。モントヤはパンチの振りが大きく、ブロックされた。その後のモントヤ。ブランク。カムバック後は負けてばかりで、タイトル戦は無し。)


③ジェイソン・パガラ 12R 判定 アーロン・エレラ

(WBOスーパーライト級インタータイトル戦、2013年5月)

パガラ:左ジャブ、右ストレート、フック

エレラ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

2R:エレラがスタンディングダウン

(感想:パガラがタイトル防衛。二度目の防衛戦。挑戦者エレラはメキシカン(ユカタン出身)。デビューから連勝。判定で初黒星。再起戦にKO勝ちして、この挑戦。セブでの一戦。力強さ、安定感が増したパガラ。右ストレート、左ボディ打ちに迫力。ブロックもしっかり。エレラも良い選手。ワンツー、左ボディ打ちにパワー&キレ。2Rにハプニング。パガラの右アッパー。意表を突かれてバランスを崩したエレラがスタンディングカウントを取られる。その後は一進一退。互いにディフェンスしながら強いパンチの応酬。互角の内容のまま12R終了。パガラは両手を上げて自身の勝利を強く確信している様子。判定は3-0。最後まで勢いのあるパンチを互いに打ち続けた好試合。どうやらパガラの方がブロックしながら有効打を多く決めていたらしい。戦力的には大きな差は感じられなかったが、ディフェンスでちょっとずつ差が付いた。その後の二人。エレラは連勝したり連敗したり。WBCインター王座(ウェルター級)への挑戦は判定負け。王座には縁がなかった。パガラはインター王座を連続防衛。しかし、世界戦のチャンスはなぜか無かった。)


アルバート・パガラ 2R KO プーファ・ポーノブノム

(バンタム級戦、2012年2月)

ジェイソン・パガラ(Jason Pagara)&アルバート・パガラ(Albert Pagara)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

パガラ:左ジャブ、右ストレート、フック   

プーファ:左ジャブ、右フック   

(ダウンシーン)

2R:右ストレートで2度、プーファがダウン

(感想:パガラはフィリピン・レイテ島のマアシン出身。兄ジェイソンとは出生地と階級が違う。2011年1月にデビューし、これまで全勝。プーファはタイ・ペッチャブーン出身。PABA王座(バンタム級)に挑戦してTKO負けするなど勝ったり負けたり。フィリピン・セブでの一戦。攻めるパガラ。右ストレートにパワー。プーファは押され気味。ブロックしながら大きな右フックで打ち返すが、ディフェンスされる。2R、連打からの右ストレートでプーファがダウン。立ったが、右ストレートで二度目。ダウンと同時に試合ストップ。パガラが快勝。相手は二線級だったが、右パンチに強さがあった。プーファは「負け役」な気持ちでリングに上がったのだろう。勝てるような動きではなかった。その後の二人。プーファはマイケル・ダスマリナスらを相手に負けてばかり。ところが連勝。決定戦でタイ王座(バンタム級)獲得。その後は日本でKO負けするなど勝ったり負けたりだった(才能はあるが、頑張りが長続きしないタイプ?)。パガラは連勝。IBFインターコンティネンタル王座(スーパーバンタム級)獲得、連続防衛。WBOのインターコンティネンタル王座(スーパーバンタム級)も獲得したが、防衛戦でKO負け(初黒星であり、唯一の敗北)。WBOインターコンティネンタル王座奪回。しかし兄同様、好戦績にもかかわらず、一度も世界戦のチャンスは無かった。)


①「Lightweight 

Jason Pagara vs. Kondej Sithtrajtrakan」

②「vacant WBO International Super Lightweight Title

Jason Pagara vs. Rosbel Montoya」

③「WBO International Super Lightweight Title

Jason Pagara vs. Aaron Herrera」

④「Bantamweight 

Albert Pagara vs. Phupha Por Nobnom」

 

2026年2月18日水曜日

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

WBA世界ジュニアライト級王者マルカノ。「マルカノ vs. 岩田健二」「イバラ vs. エレラ」カスティーリョ vs. メルセデス」を紹介します。


アルフレド・マルカノ(ベネズエラ)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


アルフレド・マルカノ 4R KO 岩田健二

(WBA世界ジュニアライト級タイトル戦、1971年11月)

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

マルカノ:左ジャブ、右ストレート、フック

岩田:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

3R:右フック、左フックで2度、岩田がダウン

4R:右フックで3度、岩田がダウン

(感想:マルカノがタイトル初防衛。王者マルカノはベネズエラ・クマナ出身。1966年、ベネズエラでデビュー(判定勝ち)。地元では概ね好調だったが、メキシコで苦戦。リカルド・アルレドンドと判定で一勝一敗。ラウル・クルスにKO負け。パナマとベネズエラでエルネスト・マルセルに二連敗。マルセルとの再戦に敗れた再起戦を日本で行い、小林弘からWBA世界ジュニアライト級王座奪取(10RでのTKO)。そして地元で初防衛戦。挑戦者の岩田は岡山出身。デビューから連勝後、KOで初黒星。その後もKO負け。フラッシュ・エロルデには判定負け。日本ジュニアライト級王座を獲得。防衛にも成功して、この世界初挑戦。ベネズエラ・カラカスでの一戦。共にリズミカルな動きで左ジャブ。しかしながら、当たるのはマルカノのジャブ。右ストレート、左ボディ打ちに良さがある岩田だが当たりが浅く、パンチをかわされるシーンが目立つ。マルカノはタイミングを捉える巧さ。3R、右フックで岩田がダウン。右ストレートで反撃する岩田だが、右フックからの左フックで再びダウン。4R、左フックからの右フックで岩田が二度ダウン。立った岩田がワンツー、マルカノは左ボディ打ち。右フックカウンターで岩田がダウンしてスリーノックダウン、試合終了。マルカノが隙を突くパンチで快勝。岩田はシャープなストレートを打っていたが、打たれ弱さがあったか。その後の二人。岩田は負けが込むように。韓国でKO負け、そして日本王座陥落。最後はガッツ石松、ベン・ビラフロアらに連続KO負けだった。マルカノも苦難。次の防衛戦でビラフロアに判定負け、王座陥落。ノンタイトル戦が続き、WBC世界フェザー級王座決定戦に出場のチャンス。ボビー・チャコンにTKO負け。再起したが、二連続KO負けで引退。やや小粒だったのが、安定しなかった原因か?)


ファン・エレラ 11R KO ルイス・イバラ

(WBA世界フライ級タイトル戦、1981年9月)

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

イバラ:右ジャブ、左ストレート、フック   

エレラ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

11R:連打でイバラがダウン

(感想:エレラがタイトル獲得。王者イバラ(パナマ・コロン出身)は典型的なパナマのサウスポー(イラリオ・サパタのようなタイプ)。ベツリオ・ゴンサレスに判定勝ちしてWBA世界フライ級王座を獲得したが、初防衛戦で金泰式に2RでKO負け、王座陥落。サントス・ラシアルに判定勝ちして王座奪回。これが初防衛戦。挑戦者エレラはメキシコ・メリダ出身のファイター。ローカル王座(フライ級)獲得、アマド・ウルスア(後、WBC世界J・フライ級王座獲得)に勝利、といった実績。挑戦者の地元メキシコ・メリダでの一戦。互いに相手を警戒してガードを上げ、肩でリズムを取りながらジャブ、ストレート。共にパンチにキレがある。ジャブ、ワンツー、フック連打で攻めるエレラ。イバラはディフェンスしながらパワフルなフックで応戦。互いにボディ攻撃。一進一退の熱戦。11R、コーナー付近で連打を浴びたイバラがダウン。疲れ果てたように座り込んだまま10カウント。エレラが攻めの姿勢で押し切った。イバラもエレラの攻撃の隙を突く形で強いフックを当てていたが、エレラの勢いは落ちなかった。後、エレラはサントス・ラシアルにTKO負けして王座陥落。勝ったラシアルは日本で穂積秀一を2RでKOするなどフライ級のトップとして君臨。イバラは再起戦に判定勝ちして事実上のキャリア終了。1989年にカムバックしたが、一勝二敗で完全に引退。)


エレオンシオ・メルセデス 15R 判定 フレディ・カスティーリョ

(WBC世界フライ級タイトル戦、1982年11月)

アルフレド・マルカノ(Alfredo Marcano)&世界フライ級王座戦「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

カスティーリョ:右ジャブ、左ストレート、左右フック   

メルセデス:左ジャブ、右ストレート、左フック

(感想:メルセデスがタイトル獲得。王座交代が続いてWBC世界フライ級王座が安定していなかった頃の試合。王者カスティーリョ(メキシコ・メリダ出身)はこれまで40勝(24KO)11敗4分。プルデンシオ・カルドナから王座を奪ってこれが初防衛戦。WBC1位の挑戦者メルセデスはドミニカのラ・ロマナ出身で、16勝(5KO)6敗4分。連敗を喫するなど戦績はよくないが、日本でもおなじみの元WBA世界J・フライ級王者ファン・グスマンに1RでKO勝ちするなどこのところ連勝中。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦。サウスポーのカスティーリョがジャブ、左ストレートで攻める姿勢。スラリとしたメルセデスは距離を取ってシャープなジャブ、ワンツー、左フック。当てる器用さがあるメルセデス。攻めるカスティーリョをカウンターで迎え撃つ。カスティーリョのパンチがヒットするシーンもあるが、メルセデスがガードの隙を突く攻撃でポイント的に優勢。終盤はメルセデスもワンツー、ボディ打ちで前に出る。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。映像ではパンチの正確さでメルセデスがリードしているように見えたが、カスティーリョの攻める姿勢を評価したジャッジも。全体的にはディフェンスの差でメルセデスが優れていたように見えた。しかし、新王者メルセデスも初防衛に失敗(新王者はチャーリー・マグリ)。王座陥落後はヘルマン・トーレス、ラウル・ペレス、アルバート・ダビラらに連敗でキャリア終了。カスティーリョはノンタイトル戦が続き、アントニオ・アベラルにTKO負け。その再起戦でWBC王者ソット・チタラダに挑戦したが、判定負けで王座を奪回できず。それが最後の試合となった。)


①「WBA World Junior Lightweight Title  

Alfredo Marcano vs. Kenji Iwata」

②「WBA World Flyweight Title  

Luis Ibarra vs. Juan Herrera」

③「WBC World Flyweight Title 

Eleoncio Mercedes vs. Freddy Castillo」


サントス・ラシアル(Santos Laciar)のページ 

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ソット・チタラダ(Sot Chitalada)のページ

2026年2月13日金曜日

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ウェルター、ミドル級の実力者。「デマルコ vs. エイキンス(初戦)」「ジョーイ・ギアンブラ vs. ヤマ・バハマ、デヌッチ」を紹介します。


トニー・デマルコ(アメリカ)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


ジョー・デヌッチ(アメリカ)

身長174cm:オーソドックス(右構え)


バージル・エイキンス 14R KO トニー・デマルコ

(マサチューセッツ州世界ウェルター級王座決定戦、1957年10月)

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デマルコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

エイキンス:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

10R:右ストレート、左フックで2度、デマルコがダウン

12R:左フックでエイキンスがダウン

14R:左フックでデマルコがダウン

(感想:エイキンスがタイトル獲得。デマルコはマサチューセッツ州ボストン出身の白人で、ニックネームは「ボストンの爆撃機」。本名は「レオナルド・リオッタ」。11歳でボクシングを始め、1948年に16歳でプロデビュー(KO勝ち)。連勝しては敗北だったが、連戦連勝。世界ライト級王者ジミー・カーターとノンタイトル戦でドロー。その次の試合は1955年4月1日。ジョニー・サクストンを14RでKOして世界ウェルター級王者に。カーメン・バシリオにTKO負けで初防衛ならず。王座を懸けた再戦もバシリオのTKO勝ち。再起ロードは実力者との対戦。ガスパー・オルテガとの抗争後、連勝でこの決定戦。エイキンスはミズーリ州セントルイス出身の黒人。アマチュアからプロへ。1947年のデビュー戦はKO勝ち。以後、ウォレス・バッド・スミス、ジョー・ブラウンといったライト級実力者と対戦。ジョニー・サクストンに3-0の敗北。連戦連勝とはいかないが、中堅どころに連勝したり。直前の試合はギル・ターナーに判定負け(PTS)。デマルコの地元ボストンでの一戦。攻撃重視のデマルコ。左のガードを下げた構えからパワーを乗せたジャブ、ストレート、フック。打ち方が良く、左フックからの右ストレートといったコンビネーションも使う。しかしながら、動きの機敏さに欠け、打ち終わった後に隙ができる。スラリとした身体のエイキンス(身長175cm。リーチは185cmもある)はなかなかしたたかなボクシング。相手のゴツいパンチを何とかディフェンスしながら伸びのあるジャブを当てる。ワンツーにはキレ。10R、左フックを食って後退したデマルコ。右ストレートでダウン。立ったが、かなりのダメージ。左フックでさらにダウン。それでも前に出るデマルコ。ジャブを食うが、12Rに左フックでダウンを奪う。14R、打たれて後退したデマルコ。右フックからの左フックでダウン。立てず、KO。エイキンスがシャープなパンチを正確に決めて勝利。デマルコはスタミナが続かない様子だった印象。この試合の時点ではピークを過ぎていたか。その後、再戦が行われ、エイキンスがTKOで初防衛。その勢いでエイキンスは大きな試合。決定戦で世界ウェルター級王座獲得。しかし、ドン・ジョーダンに判定負けで初防衛ならず。王座を懸けた再戦も3-0で敗北。以後、ルイス・ロドリゲス(後、エミール・グリフィスを破って世界ウェルター級王座獲得)、デニー・モイヤー、ドン・フルマーらに敗北するなど負けが込むようになっていった。デマルコはその後、試合間隔が長めに。デニー・モイヤーにTKO負け、ドン・ジョーダンにKO勝ち。1962年、引退。)


ヤマ・バハマ 10R 判定 ジョーイ・ギアンブラ

(ミドル級戦、1961年5月)

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

バハマ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ギアンブラ:左ジャブ、右ストレート、左フック

(感想:バハマはバハマ出身の黒人で、本名は「ウィリアム・オラシオ・バトラー・ジュニア」(「存在をアピールできる目立つリングネームが必要」ということからマネージャーが「ヤマ・バハマ」と命名)。デビューから連勝。判定で初黒星。KO負けを喫したこともあったが、1958年6月18日に元世界ウェルター級王者キッド・ギャビランに判定勝ちして世界ミドル級ランキング入り(ギャビラン最後の試合)。しかし、連戦連勝とはいかず、ルイス・ロドリゲスらに敗北。このところ連勝中。ギアンブラはニューヨーク州バッファロー出身の白人。1949年にカナダでデビューし、その次の試合からはアメリカで。連勝後、判定で初黒星。さらに連勝後、ジョーイ・ジャーデロに判定負け。ジャーデロに判定で雪辱し、また連勝。中堅に連勝したり、ボビーダイクス、ボボ・オルソンといった実力者に判定負けしたり。実力者に及ばないキャリアだが、KO負けはこれまで一度も無し。このところ経験ある選手に連勝中でバハマ戦。ニューヨークでの一戦。ジャブを連打するバハマ。接近して左ボディ打ち。ワンツーにも良さ。しかしながら、1Rからギアンブラはクリンチ。バハマが攻めてはクリンチされるパターン。次第にギアンブラは左ジャブ、左フック。共に左のテクニックを持っているが、バハマは右ストレートを時折ヒットさせる。ギアンブラも右ストレートを当てるなど隙を突く巧さがあるが、積極的な攻めに乏しい。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。クリンチが多かった試合。攻勢点でバハマ勝利。残念だったギアンブラ。自信を持っていけばもっといい試合ができたはず。それがトップには及ばない原因か? その後のバハマ。世界ウェルター級王者エミール・グリフィスにノンタイトル戦で判定負け(1961年7月29日)。そして、またしてもルイス・ロドリゲスに敗北。世界戦を経験することなくキャリアを終えたが、粘り強い積極的な試合ぶりがファンに好評。テレビ中継もされたことから全国的に人気があったとか。2010年、フロリダ・ボクシング殿堂入り。)


ジョー・デヌッチ 10R 判定 ジョーイ・ギアンブラ

(ミドル級戦、1963年4月)

トニー・デマルコ(Tony DeMarco)&ジョー・デヌッチ(Joe DeNucci)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デヌッチ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ギアンブラ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:デヌッチはマサチューセッツ州ニュートン出身の白人。1957年にデビュー。中堅相手に連勝。ラルフ・ジョーンズに敗北したが、雪辱。ジョーイ・ジャーデロとドロー。ドン・フルマーに判定負け後、四連勝でギアンブラ戦。ギアンブラはバハマ戦後、1962年10月にデニー・モイヤーと新設された世界ジュニアミドル級王座を争って判定負け。再起戦でルイス・ロドリゲスに判定負け。マサチューセッツ州ボストンでの一戦。デヌッチがジャブ連打、右ストレート、ショートフックで攻めの姿勢。1Rから右ボディからの左フックをヒットさせる。ギアンブラは手が出ない。ただ、パンチ自体は悪くなく、デヌッチは攻められてクリンチ。4R、接近戦。フック、ボディ打ちでの打ち合いでリングサイドの客がスタンディング・オベーション。その後も手数でデヌッチ。ギアンブラは右ストレート、左フックに良さがあり、左ボディダブルからの右ストレートといったコンビネーションも持っているが、積極的な攻めが少ない。10R、攻めるギアンブラ。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。手数でデヌッチ勝利。ギアンブラはもう一つ加速できなかった。これが最後の試合に。その後のデヌッチ。連敗したが、中堅相手に連勝。キャリア末期、エミール・グリフィスに2-1で二連敗。引退後、マサチューセッツ州の下院議員を10年間務め、人事委員会の委員長に。1987年から2011年までマサチューセッツ州の監査役を務めたそうだ。)


①「Vacant Massachussets version of World Welterweight Title

Tony DeMarco vs. Virgil Akins」

②「Middleweight 

Yama Bahama vs. Joey Giambra」

③「Middleweight 

Joe DeNucci vs. Joey Giambra」

 

2026年2月11日水曜日

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ミドル、ウェルター級の実力者。「アポストリ vs. エイブラムズ」「アート・アラゴン vs. デイビス、デイビー」ほかを紹介します。


フレッド・アポストリ(アメリカ)

身長177cm:オーソドックス(右構え)


アート・アラゴン(アメリカ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)


チャック・デイビー(アメリカ)

身長175cm:サウスポー


フレッド・アポストリ 10R 判定 ジョージー・エイブラムズ

(ミドル級戦、1947年11月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アポストリ:左ジャブ、右ストレート、フック   

エイブラムズ:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:アポストリのキャリア末期の試合。カリフォルニア州サンフランシスコ出身の白人アポストリ(野球のスター、ジョー・ディマジオの同級生であり友人)。アマチュアで全米ミドル級王者に。1934年にプロデビュー。連勝だったが、実力者フレディ・スティールにTKOで初黒星。そこから連勝。判定負けを一つ喫したが、1937年9月23日に「IBU」なる団体のミドル級王座獲得。スティールにTKOで雪辱、ヤング・コーベット3世に判定負け。1938年4月1日、グレン・リーを判定で下してニューヨーク州公認世界ミドル級王者に。コーベット3世にTKOで雪辱すると共に王座防衛。後の世界ライトヘビー級王者ビリー・コンに3-0で二連敗。1939年10月2日、セフェリノ・ガルシアにKO負けで王座陥落。以後もリングへ。トニー・ゼールに判定負けしたが、中堅相手に連勝。第二次大戦でキャリア中断(アメリカ海軍に従軍)。戦後に復帰し、毎月のようにリング。このところ連勝中でエイブラムズ戦。エイブラムズはバージニア州ロアノーク出身の白人で、こちらもベテラン。1937年、デビュー(KO勝ち)。連勝後、KOで初黒星。以後、判定負けはあったが、連勝。1941年11月28日、トニー・ゼールの世界ミドル級王座に挑戦して3-0の敗北。戦争でキャリア中断。戦後、復帰。マルセル・セルダン、シュガー・レイ・ロビンソンに判定負け。直前の試合はTKO負け。共通点の多い二人の対決。サンフランシスコでの一戦。共に左のガードを下げた構えから速いジャブ。エイブラムズは左のテクニックの持ち主で、左フックを巧く使う。ワンツー、斜め下からの右フック、ボディ打ちにも良さ。アポストリは右パンチに自信があるらしく、踏み込んで右ストレート、ケンカみたいな粗い左右フック連打。攻めるアポストリ、応戦するエイブラムズ。互いのパンチがヒット。10R終了。判定は2-0(ダウンシーンは無し)。攻勢点でアポストリ。5Rに強烈な右パンチを当てたように右に強さがあった。エイブラムズも打ち合いに応じる勇敢さ。敗者がいない対決だった印象。その後の二人。エイブラムズは次の試合にTKO負けで引退。アポストリはこの試合から約一年後に3-0の敗北、引退。通算戦績61勝(31KO)10敗1分。国際ボクシング殿堂入り。)


アート・アラゴン 10R TKO ヘンリー・デイビス

(ウェルター級戦、1953年8月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

アラゴン:左ジャブ、右ストレート、フック   

デイビス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:アラゴンはニューメキシコ州ベレン出身の白人。ニックネームは「ゴールデン・ボーイ」(派手好きな個性派タイプ。映画に出演し、マリリン・モンローらハリウッドの人間とも交流)。1944年にプロデビュー。敗北しながらも多くの勝利。カリフォルニア州王座(ライト級)を決定戦で獲得。連勝の勢いで世界ライト級王者ジミー・カーターにノンタイトル戦で勝利。その次の試合は世界王座を懸けたダイレクト・リマッチ(1951年)。しかし、ダウンを食って王座奪取ならず。その後、一つ判定負けしたが、おおむね好調。デイビスはジョージア州アトランタ出身の黒人。戦時中はハワイ・パールハーバーで任務。その後、ホノルルで1945年6月(まだ戦時中)にプロデビューしてドロー。日系人らしい選手らを相手に連勝。ハワイ王座(フェザー級)に挑戦して判定負け、初黒星。1948年5月25日、あのマヌエル・オルチス(元世界バンタム級王者)に2-1の敗北。それが良い経験になったか、ハワイ王座(フェザー級)獲得、オルチスに3-0で雪辱。ハワイを離れ、ニューヨークやカリフォルニアに転戦。階級を上げたこともあってこのところ敗北するなど苦戦中。カリフォルニア州デーリー・シティでの一戦。先制攻撃のデイビス。1R開始から右ストレート、左右フック連打。アラゴンは腕をクロスするブロックを使ったりしながらリズミカルにワンツー、フック、右アッパー。しかし、真っ直ぐ攻めるクセがある(雰囲気的に井岡弘樹のようなタイプ)。接近戦が続く。手数のデイビス。しかし、ワンツー、フックを当てる巧さでアラゴンが優勢か? 10R、打ち合いの中、レフェリーがブレイク。デイビスがドクターチェックされ、試合終了。「口からの出血」で止められたデイビスは納得いかない表情で「オレは負けてない!」といった態度だった。激しい試合となったが、アラゴンが正確な攻撃&ガードで勝利。ただ、一発のパンチは軽めだったか。デイビスは頑張るタイプだが、そこまで。その後、デイビスは連敗するなど多くの敗北。1956年、引退。)


アート・アラゴン 10R 判定 チャック・デイビー

(ウェルター級戦、1954年2月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デイビー:右ジャブ、左ストレート、左フック   

アラゴン:左ジャブ、右ストレート、左フック   

(感想:デイビス戦の次の試合で判定負けしたアラゴン。再起二連勝でデイビー戦。デイビーはミシガン州デトロイト出身の白人サウスポー。アマチュアでは敗北は一度だけ。1949年のプロデビューから連勝。1952年、元世界ライト級王者アイク・ウィリアムスにTKO勝ち。同年、後の世界ウェルター級王者カーメン・バシリオとドロー、3-0の勝利。その次の試合で元世界ミドル級王者ロッキー・グラジアノに3-0の勝利(グラジアノの引退試合となった)。翌年、世界ウェルター級王者キッド・ギャビランに挑戦してTKO負け、初黒星。再起二連勝からの二連敗でアラゴン戦。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦。リズミカルなフットワークで相手から距離を取って右ジャブのデイビー。パワーはそれほど感じられないが、ワンツーからの右フックなどテンポの良さがある。アラゴンは左ジャブを使いながらキレのある右ストレート、左フックで前進。映像ではアウトボクシングのデイビーの方が見栄えがいいが、アラゴンも良い右ストレート。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。攻勢点でアラゴン。しかし、自身の試合ぶりに不満だったか、アラゴンはサッサとリングを降りていった。その後のアラゴン。多くの試合。ドン・ジョーダン、ジミー・カーター(三戦目)に勝利。しかし、世界戦はカーター戦のみに終わった。1960年に引退した後、保釈保証人になったそうだ。)


チャック・デイビー 10R 判定 ジェラルド・ドレイアー

(ミドル級戦、1954年4月)

フレッド・アポストリ(Fred Apostoli)&チャック・デイビー(Chuck Davey)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デイビー:右ジャブ、左ストレート、左フック   

ドレイアー:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:アラゴンに敗れたデイビーの再起戦。ドレイアーは南アフリカ・プレトリア出身の白人。1948年のロンドン・オリンピックにライト級で出場して金メダル。同年、プロデビュー。南アフリカ王座(ライト級)を獲得するなど連勝。英国で1RでKO負けして初黒星。アメリカで連勝。地元で英連邦王座(ウェルター級)獲得。その後、判定負けやドロー。TKO負けで英連邦王座陥落。再起二連勝でデイビー戦。共にアマチュアで実績。どんな動きを見せるか?  カリフォルニア州オークランドでの一戦。共にスリムな体型。サウスポーのデイビー。足でリズムを取りながら右ジャブ、左ストレート、斜め下からの左フック(この試合では具志堅用高に似た動き、打ち方)。ドレイアーはサウスポーが苦手なのか、ぎこちない打ち方。左ジャブはまずまずだが、右ストレートをディフェンスされる。デイビーがジャブ、左パンチ(ストレート、ボディ打ち)、クリンチで優勢。ドレイアーは右フックを当てるシーンもあるが、当たりが浅め。5Rには右ストレートからの左フックを決めたが、そこまで。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。サウスポーのテクニックでデイビー勝利。ドレイアーは金メダリストとは思えない動き。残念ながら、どちらももう一つ。プロらしい迫力に欠けていた。その後の二人。デイビーは三試合やって引退。ドレイアーは勝ったり負けたり。1955年のラストファイトは南アフリカ王座戦(ウェルター級)で、TKO負け。世界挑戦の話もあったが、結局、叶わず。1985年9月5日、55歳の若さで死去(死因は不明)。)


①「Middleweight 

Fred Apostoli vs. Georgie Abrams」

②「Welterweight 

Art Aragon vs. Henry Davis」

③「Welterweight 

Chuck Davey vs. Art Aragon」

④「Middleweight 

Chuck Davey vs. Gerald Dreyer」

 

2026年2月6日金曜日

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

50年代のヘビー級実力者。「レイン  vs. セサール・ブリオン」「ノークス vs. ダニー・ナルディコ(初戦・再戦)」を紹介します。


レックス・レイン(アメリカ)

身長185cm:オーソドックス(右構え)


チャーリー・ノークス(アメリカ)

身長177cm:オーソドックス(右構え)


レックス・レイン 10R 判定 セサール・ブリオン

(ヘビー級戦、1951年2月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

レイン:左ジャブ、右ストレート、フック   

ブリオン:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:レインはユタ州ルイストン出身の白人。第二次大戦中は日本でも従軍。ボクシングを始めたのは軍隊で。アマチュアのリングに上がりながら農業。大会で優勝する実績を上げたが、1948年のロンドン・オリンピックには出場ならず。1949年、プロデビュー(TKO勝ち)。ローカル試合で連勝後、判定で初黒星。その相手に判定で雪辱したり、ローカル王座を獲得したり。1950年11月24日、後に世界王者になるジャージー・ジョー・ウォルコットに3-0の勝利。勢いのある状況でブリオン戦。ブリオンはアルゼンチン・ビヤマリア出身。1946年、プロデビュー(KO勝ち)。連勝後、主戦場をニューヨークに。更に連勝したが、判定で二連敗。直前の試合は元世界王者ジョー・ルイスに判定負け。ロッキー・マルシアノとトレーニングを積んだきたということだが、その実力はいかほどか? ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。攻めるレイン。ワンツーに威力とキレ。左フックからの右ストレート。単発のフックはやや粗い打ち方。ブリオンもワンツー、左フックを出すが、動きのキレがもう一つ。そのため接近戦ではボディの打ち合い、もみ合い、クリンチ。正確なジャブで試合をリードするレイン。ブリオンは右ストレートをかわされる。クリンチが増えていくが、レインはあくまで攻めの姿勢。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。勢いでレイン勝利。連打されるシーンもあったが、タフさでカバー。ブリオンはパンチ自体は良かったが、動きの機敏さに欠けていたのが惜しい。その後の二人。ブリオンはルイスにまたしても判定負け。エザード・チャールズに判定負けするなど勝ったり負けたりに。レインはボブ・サタフィールドらを相手に連勝。しかし、ロッキー・マルシアノ、エザード・チャールズに連続KO負け。その後も多くの試合。チャールズと判定で一勝一敗。しかし、負けが込むようになっていった。)


チャーリー・ノークス 9R TKO ダニー・ナルディコ

(ヘビー級戦、1954年1月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ノークス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナルディコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(ダウンシーン)

2R:右カウンターでナルディコがダウン

3R:右カウンター、左フック、右カウンターで3度、ナルディコがダウン

4R:右ストレートでノークスがダウン

7R:右フックでノークスがダウン

9R:右カウンター、左フックで2度、ナルディコがダウン

(感想:ニューヨーク州ベルローズ出身の白人ノークス。ニックネームは「爆撃機」。1948年のプロデビュー戦は判定負け。「ジョージ・ワシントン」なる選手にはTKO負け。慣れてきたか、連勝。ワシントンにKOで雪辱したが、セサール・ブリオンに負傷TKO負け。連敗、連勝。安定しないキャリアだが、どんな動きを見せるか? ナルディコはオハイオ州ペインズヴィル出身の白人。身長は177cmで、ヘビー級としては小さめ。しかし、高校時代にフットボールで鍛え、アメリカ海兵隊に所属して過酷な経験(結果的に第二次世界大戦と朝鮮戦争の両方に従軍)。ウィリー・ペップの指導を受け、1949年にプロデビュー(引き分け)。勝ったり負けたり後、ライトヘビー級で中堅相手におおむね好調。1952年12月31日、ベテランのジェイク・ラモッタからダウンを奪ってTKO勝ち。(後年、ラモッタの人生を描いた映画『レイジング・ブル』が制作されたが、ナルディコはこの試合のことが映画に出てこなかったため不愉快な気分になったという)。その次の試合は前世界ライトヘビー級王者ジョーイ・マキシムとの対戦で、3-0の敗北。四連勝でノークス戦。フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦。フックがパワフルなノークス。ガードを下げた構えからジャブ、フック。特に斜め下からの右フック、右アッパーに迫力。ナルディコは足で軽くステップを踏みながら左ジャブ、右ストレート、接近して左フック。共に動きのスピードはまずまず。2Rに大きな動き。ノークスの強烈な右フックカウンターがヒット。さらに右フックカウンターでナルディコがダウン。3R、ノークスが右アッパーからの左フック。そして右フックカウンター(&フォローの左フック)でナルディコが三度もダウン。それでも前に出るナルディコ。4Rに左フックを決め、右ストレートでノークスを倒す。これが完全に効いたノークス。以後はディフェンスしながら右パンチで対抗。ナルディコは攻めるが、攻めが正直すぎてディフェンスされがち。7R、右フックでノークスがダウン。その後、耐えるノークス、攻めるナルディコ。9R、右フックカウンター、左フックでナルディコが二度ダウン。それでも立ち上がるナルディコだが、強いフックを連続して食らってレフェリーストップ。なかなかの激戦だった試合。共にパワー。ガードに甘さがあるノークス、正直に攻めるナルディコ。互いのパンチが当たり、熱い試合となった。全体的なパワーはノークス、タフネスはナルディコだった印象。両者は二ヶ月後にダイレクト・リマッチ。ダメージはどうなのか?)


チャーリー・ノークス 10R 判定 ダニー・ナルディコ

(ヘビー級戦、1954年3月)

レックス・レイン(Rex Layne)&チャーリー・ノークス(Charley Norkus)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ノークス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ナルディコ:左ジャブ、右ストレート、フック   

(感想:再戦。試合地は前回と同じ、フロリダ州マイアミ・ビーチ。開始から攻めるナルディコ。相変わらず真っ直ぐ攻めるが、相手の右カウンターを肩と腕を使ってディフェンス。左フックを当てようとする。ノークスは前回の右が当たらず。しかし、パワー&意外な器用さを披露。打ち下ろす右ストレート、コンビネーション(右アッパーからの左フック。初戦でも見せた)に迫力があり、インサイドからパンチ、隙を突く左フック連打。接近戦ではもみ合いも多い。10R、ノークスの右フックカウンターがヒット。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。再戦はノークスが器用さで勝利。ナルディコは前回の試合をよく研究したのだろうが、真っ正直に攻めるクセ。一流ボクサーは同じ手は二度食わないものだが、ナルディコは少し食った。その後の二人。ナルディコは三試合やって引退。引退後はプロレスにも挑戦。ノークスはブリオンに判定で雪辱したが、エザード・チャールズ、ウィリー・パストラーノ、アーチー・ムーアに判定負け。中堅どころでキャリアを終えた。)


①「Heavyweight 

Rex Layne vs. Cesar Brion」

②「Heavyweight 

Charley Norkus vs. Danny Nardico」

③「Heavyweight 

Charley Norkus vs. Danny Nardico」

 

2026年2月4日水曜日

ビリー・コン(Billy Conn)&オークランド・ビリー・スミス(Oakland Billy Smith)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ライトヘビー級の実力者。「コン vs. ベティーナ」「スミス vs. チャーリー・バーリー、ビリー・ノーブル」を紹介します。


ビリー・コン(アメリカ)

身長187cm:オーソドックス(右構え)


オークランド・ビリー・スミス(アメリカ)

身長183cm:オーソドックス(右構え)


ビリー・コン 15R 判定 メリオ・ベティーナ

(世界ライトヘビー級タイトル戦、1939年7月または9月)

ビリー・コン(Billy Conn)&オークランド・ビリー・スミス(Oakland Billy Smith)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

コン:左ジャブ、フック   

ベティーナ:右ジャブ、左ストレート、フック

(感想:ペンシルベニア州ピッツバーグ出身の白人コン。本名は「ウィリアム・デビッド・コン」。ニックネームは「ピッツバーグ・キッド」。1934年7月20日のデビュー戦はKO勝ちだったが、その後は勝ったり負けたり。コツをつかんだらしく、フリジー・ジビックらを相手に連戦連勝。判定による敗北はあったが、フレッド・アポストリに勝利するなどこのところ連勝で世界戦。ベティーナはコネチカット州ブリッジポート出身の白人サウスポー。アマチュアで活躍し、プロ入り。敗北はあったが、連勝中の勢いで世界王座決定戦。タイガー・ジャック・フォックスをTKOして王座奪取。ノンタイトル戦に勝利してコンと対戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」またはピッツバーグでの一戦(短めの古いハイライト映像で観戦。二人の対戦は二度行われたが、この映像がベティーナの初防衛戦だったのか、コンの初防衛戦だったのかは不明)。前傾姿勢のベティーナ。サウスポースタイルで一発を狙うような構えから右ジャブ、左ストレート、接近してショートフック連打。コンは距離を取って戦いたいらしく、左ジャブ。ベティーナの接近をボディフックやクリンチで対応。試合の印象としては正確なジャブでコンがポイントを取っている印象。斜め下からの右フックも悪くない。15R、激しく攻めるベティーナ。コンはフックで応戦。15R終了。判定は3-0。コンは面白い男。相手と一緒になってムキに打ち合ったりしない。相手がサウスポーだったのもあるかもしれないが、クールにジャブで突き放す試合運びだった。ベティーナは狙いすぎ。攻めの雑さ、リズムの悪さ。ただ、左パンチに強さ。15Rの攻めを最初からやっていれば違う結果になったかも。その後の二人。ベティーナはNBA世界ライトヘビー級王座決定戦に出場するチャンスを得たが、判定負け。以後も多くの試合、多くの勝利。しかし、世界戦はなかった。コンはガス・レスネビッチ相手に王座防衛。そして1941年6月、世界ヘビー級王者ジョー・ルイスに挑戦。得意のアウトボクシングで優勢だったが、「KOで勝ちたい」誘惑(アイリッシュのコン。気の強さがある)。打ち合って、逆転KO負け。その後、三連勝。第二次世界大戦で試合ができない状態に。1946年6月、復帰戦。再びジョー・ルイスの世界ヘビー級王座に挑戦。両者とも戦争でブランクがあり、衰えは明らか。KOでルイスが王座防衛。コンはその後、二連勝したが、引退。引退後はボクシング関連の活動。1990年、73歳の時に強盗に出くわしたが、パンチを食らわして撃退。1990年、国際ボクシング殿堂入り。)


チャーリー・バーリー 10R 判定 オークランド・ビリー・スミス

(ライトヘビー級戦、1946年4月)

ビリー・コン(Billy Conn)&オークランド・ビリー・スミス(Oakland Billy Smith)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

スミス:左ジャブ、右ストレート、フック   

バーリー:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:スミスはアーカンソー州リトルロック出身の黒人。1941年デビュー。勝ったり負けたり連勝したり。カリフォルニア州王座(ライトヘビー級)を獲得。防衛にも成功するなど連勝でバーリーと対戦したが、バーリーが判定(PTS)で勝利。王座を防衛し、バーリーと再戦。バーリーはペンシルベニア州ベッセマー出身の黒人。12歳でボクシングを始め、アマチュアで活躍。1936年のベルリン・オリンピックに出場すべく予選大会に赴いたが、ドイツの人種差別政策に嫌悪感。出場を辞退。1936年、プロ転向。デビューから連勝後、判定で初黒星。フリジー・ジビックにも判定負け。ジビックに判定で雪辱するなど好調。この時代にはよくあったことだが、強い選手のため大きなチャンスが得られず(黒人用の世界ウェルター級王座を獲得したという情報もある)。エザード・チャールズに判定負け。カリフォルニア州王座(ミドル級)を獲得、防衛。アーチー・ムーアに判定勝ち。スミスに判定勝ちして、再戦。カリフォルニア州オークランドでの一戦。スミスが速いジャブ、伸びとキレの右ストレート、踏み込んで左フック。ワンツーや連打などで手数を出していく。バーリーはディフェンシブなタイプ。左のガードを下げた構えからジャブを出し、左フック、左ボディ打ちでカウンター。時折大きな右フックを振るう。攻撃のテンポが良いのはスミスだが、パワーはバーリー。攻めようとするスミス、迎え撃つバーリー。10R終了。判定(PTS)でまたしてもバーリー勝利(ダウンシーンは無し)。個人的には前に出たスミスの方が好みのタイプだが、受け身のバーリーがディフェンス&左フックで勝利を持っていった。その後のバーリー。中堅相手に1950年まで試合。世界戦は無し。「無冠の帝王」の一人となったが、1987年に世界ボクシング殿堂入り。1992年には国際ボクシング殿堂入りを果たした。)


オークランド・ビリー・スミス 1R KO ビリー・ノーブル

(ライトヘビー級戦、1953年5月)

ビリー・コン(Billy Conn)&オークランド・ビリー・スミス(Oakland Billy Smith)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

スミス:左ジャブ、右ストレート、フック   

ノーブル:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:左フック、右フックで2度、ノーブルがダウン

(感想:バーレイ戦後、エザード・チャールズに3-0で敗北とKO負け、アーチー・ムーアとドロー、判定負け、KO負けのスミス。中堅相手ではまずまずだが、トップには及ばない。このところ二連勝でノーブル戦。ノーブルはネブラスカ州の白人。デビューから中堅、ベテランを相手に連勝。ネブラスカ州王座戦(ヘビー級)でTKO負け、初黒星。その相手に判定で雪辱するなどこのところ三連勝中。シカゴでの一戦(メインは「ロッキー・マルシアノ対ジャージー・ジョー・ウォルコット(再戦)」)。いきなりクリンチ。そして、ノーブルがゴツい感じのパンチでジャブ、右ストレート、ボディ打ち。スミスはアップライトな雰囲気でジャブ、ストレートを出すが、ぎこちなさがある。左フックが効いたノーブル。左フックでダウン。立ち上がって左フックからの右ストレートで反撃するノーブルだが、右フックでダウン。真っ直ぐ倒れたまま立てず、KO。実にあっけなかった試合。パンチの打ち方、パワーではノーブルの方が良かったが、1RでのKO。打たれ弱さがあったのか、スミスのパンチが意外に効くのか。実戦に慣れているスミスには見た目ではわからない強さがあったようだ。その後の二人。ノーブルは1954年12月17日、飛行機事故により24歳で死去。スミス戦が最後の試合に。スミスは後の世界ライトヘビー級王者ハロルド・ジョンソンをKO(1954年)するなど連勝。しかし、最後は二連続KO負けで1955年に引退。いつのことかはわからないが、ニュージャージー州アトランティック郡保安局で副保安官として勤務したこともあるそうだ。)


①「World Light Heavyweight Title

Billy Conn vs. Melio Bettina」

②「Light Heavyweight 

Oakland Billy Smith vs. Charley Burley」

③「Light Heavyweight 

Oakland Billy Smith vs. Billy Noble」


2026年1月30日金曜日

ジェフ・マクリーシュ(Geoff McCreesh)&マイケル・エイヤース(Michael Ayers)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

英国でのIBO王座戦。「マクリーシュ vs. ローズ、ストーン」「エイヤース vs. リグビー(再戦)」を紹介します。


ジェフ・マクリーシュ(英国)

身長178cm:オーソドックス(右構え)


マイケル・エイヤース(英国)

身長173cm:オーソドックス(右構え)


ジェフ・マクリーシュ 4R TKO ビンス・ローズ

(ウェルター級戦、1996年4月)

ジェフ・マクリーシュ(Geoff McCreesh)&マイケル・エイヤース(Michael Ayers)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

マクリーシュ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ローズ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

1R:右ストレートでローズがダウン

(感想:英国同士の対戦。ストックトン出身のマクリーシュは白人。これまで10勝(2KO)3敗。デビューから連勝で英国のローカル王座(J・ミドル級)を獲得したが、その後、三連敗。現在、二連勝中。7勝(2KO)5敗2分のローズはロンドン出身の黒人。英国のローカル王座(J・ミドル級)に挑戦して敗北したことがある。英国スティーブニッジでの一戦。1R、左フックで先制攻撃のマクリーシュ。ローズがジャブ、ワンツー、左フックで対抗。接近戦でフックの打ち合い。右ストレートでローズがダウン。その後、右パンチに強さを見せるマクリーシュ。ローズは左フック。4R、右フックが効いたローズ。マクリーシュが右を連打して右フック。レフェリーストップ。マクリーシュが右強打で勝利。ジャブはやや少な目だったが、右ストレートに良いものがあった。ローズはバランスの良さなどがあったが、接近戦で隙を見せた。その後、ローズは二連敗でキャリア終了。)


エイドリアン・ストーン 6R TKO ジェフ・マクリーシュ

(IBOライトミドル級タイトル戦、2000年7月)

ジェフ・マクリーシュ(Geoff McCreesh)&マイケル・エイヤース(Michael Ayers)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

マクリーシュ:左ジャブ、右ストレート、フック   

ストーン:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

2R:左フックでマクリーシュがダウン

6R:右フックでマクリーシュがダウン

(感想:ストーンがタイトル初防衛。ローズ戦後、英国王座(ウェルター級)を獲得したマクリーシュ(29歳)。しかし、欧州王座(ウェルター級)への挑戦は失敗。これまで23勝(9KO)5敗。王者ストーン(28歳)は英国ブリストル出身の黒人で、27勝(21KO)3敗2分。アメリカでデビューし、主戦場もアメリカ。無敗のまま全米王座(ウェルター級)に挑戦したが、TKO負け。IBOインターコンティネンタル王座(ウェルター級)獲得。バーノン・フォレストに北米王座戦(ウェルター級)でTKO負け。決定戦でIBO王者に。これが初防衛戦。英国ミルウォールでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ)。虎の皮をデザインしたトランクス&シューズのストーン。ナチュラルなパワーの持ち主で、ややトリッキーな動きから強いストレート、フック攻撃。正統派マクリーシュはキレイなジャブ、ストレート。1Rから接近戦。ストーンのボディ打ちには重さが感じられる。2R、左フックでマクリーシュが後方にはじき飛ばされるダウン。クリンチでしのぐマクリーシュだが、パワーでストーンがその後、優勢。4R、マクリーシュが右ストレートからの左フック。しかし、ストーンはディフェンスもできる。5R、ストーンの右フックがヒット。マクリーシュはそれに加え、左マブタを負傷するハンデ。6R、右フックでマクリーシュがダウン。反撃するが、左フックを食ってグラついたところでレフェリーストップ。ストーンがパワーで快勝。テクニック指向になっていくボクシング界だが、ナチュラルなパワーを持つ選手はやはり魅力的。ストーンはディフェンスのテクニックもしっかり使っていた。マクリーシュは敗れたが、動きは悪くはなかった。その後の二人。マクリーシュは再起戦に判定負けで引退。ストーンはIBO王座を防衛したが、シェーン・モズリーにKO負けでWBC世界ウェルター級王座獲得ならず。マイナー王者にとどまった。)


マイケル・エイヤース 12R 判定 ウェイン・リグビー

(IBOライト級タイトル戦、2001年3月)

ジェフ・マクリーシュ(Geoff McCreesh)&マイケル・エイヤース(Michael Ayers)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

エイヤース:左ジャブ、右ストレート、フック

リグビー:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:エイヤースがタイトル防衛。王者エイヤースはロンドン出身。アマチュア王者からプロ入り。デビューから連勝。英国のローカル王座、WBCインター王座(いずれもライト級)獲得。しかし、ジョバンニ・パリージのWBO世界ライト級王座への挑戦は判定負け、初黒星。英国王座(ライト級)を獲得、連続防衛。二つの判定負け後、IBO王者に。連続防衛し、これまで30勝(28KO)3敗1分。リグビーは英国マンチェスター出身で、17勝(7KO)6敗。デビュー戦で敗北したが、決定戦で英国王者に(ライト級)。TKOで王座陥落後、IBOのインターコンティネンタル王座(ライト級)を決定戦で獲得。エイヤースの王座に挑戦したが、TKO負け。そしてリマッチ。英国「ウェンブリー・アリーナ」での一戦(レフェリーはジョン・コイル)。似たタイプの二人。ガードを上げてジャブ。接近戦ではストレート、フック、隙を狙うアッパー。エイヤースは右フック、リグビーは左ボディ打ちに良さ。戦力的には互角か? ただ、攻めの意識はエイヤースの方が強いように見える。9R終了後にハプニング。ゴング後に思わずパンチを出してしまったリグビーにエイヤースはキッチリ反撃。その後も譲らない打撃戦。12R、連打でエイヤースのマウスピースが落下。12R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。より戦闘的だったエイヤースの勝利。スタミナに微妙に差があったが、リグビーも見せ場を作った。その後の二人。リグビーはWBF王座(スーパーライト級)を獲得。防衛にも成功。エイヤースは次の試合でIBOスーパーライト級王座に挑戦したが、判定負け。それが事実上のラストファイトとなった。)


①「Welterweight 

Geoff McCreesh vs. Vince Rose」

②「IBO Light Middleweight 

Adrian Stone vs. Geoff McCreesh」

③「IBO Lightweight Title

Michael Ayers vs. Wayne Rigby」


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