世界挑戦を阻止され続けたミドル級。ボビー・ボイド戦、ハリケーン・カーター戦、アレン・トーマス戦を紹介します。
ジョージ・ベントン(アメリカ)
身長178cm:オーソドックス(右構え)
①ジョージ・ベントン 10R 判定 ボビー・ボイド
(ミドル級戦、1959年)
ベントン:右ストレート、フック
ボイド:右ストレート、フック
(感想:ペンシルベニア州フィラデルフィア出身の黒人ベントン。実力がありながら世界挑戦のチャンスを阻止され続けた男。世界王者になっていないため、有名選手のセコンドに付く姿の方が有名かもしれない。11人兄弟の家庭。16歳でプロに。1949年、フィラデルフィアでのデビュー戦は1RでKO勝ち。判定で初黒星。そこから連勝。判定負けはあったが、KO負けは無し。ボイドはイリノイ州シカゴ出身の黒人で、身長180cm。1952年のデビューから概ね好調。しかし、当時の実力者ウィリー・トロイ、モーゼス・ウォードに二連続KO負け。ジーン・フルマーに判定勝ち、ジョーイ・ジャーデロにKO負け。直前の試合は1RでTKO負け。一定の実力はあるが、それ以上にはなれない状況にある。フィラデルフィアでの一戦(短いハイライト映像で観戦)。共に黒人選手でモノクロ映像のため黒のトランクス着用に見える両者。映像ではどちらがベントンかもわからない。似たような体格で、力を込めて右ストレート、フックの応酬。攻めている方(左のガードをやや下げている。コチラがベントンか?)は左フックの打ち方が巧く、パワフル。応戦する方も連打の回転が速いが、ロープ、コーナーに詰められて苦戦。判定は3-0でベントン。共に力強かったが、左フックに違いがあった。その後のボイド。再起戦にTKO負けで事実上、キャリアを終えた。)
②ルービン・ハリケーン・カーター 10R 判定 ジョージ・ベントン
(ミドル級戦、1963年)
ベントン:左ジャブ、右ストレート、フック
カーター:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:ボイド戦後、判定で二連敗のベントン。後の世界J・ミドル級王者フレディ・リトル(日本で世界王座をKO防衛したことでおなじみ)に判定勝ち。さらに判定負けを喫したが、その後はジョーイ・ジャーデロを3-0で下すなど連勝中。カーターはニュージャージー州クリフトン出身の黒人。犯罪で少年院に入ったが逃走し、軍人になった過去。1963年にデビューして判定勝ち。判定負けはあったが、好調。直前の試合はホセ・ゴンザレスに負傷TKO負け。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での注目の一戦(レフェリーはアーサー・マーカンテ)。共に速いジャブ。左のガードを下げた構えのベントンがジャブ、ワンツー、左フックからの右ストレート。カーターは上半身の筋肉があり、ガードを固めてパワフルなストレート、フック連打。ゴツいパワーで押すタイプだが、左フックからの右ストレート、隙を突く攻撃などテクニックも持っている。接近戦ではボディの打ち合い、もみ合い。右ストレートからの左フックといったコンビネーションを出すベントンに対し、カーターは接近戦ではややモタモタしたところが(全てのパンチにパワーを込めるため疲れるのだろう)。速さとパワーのベントン、ゴツいパワーのカーター、といった展開で10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。カーターのパワーが評価されたか。映像ではコンビネーションを使うベントンの方が勝ったように見えた。まるで「シュガー・レイ・レナード vs. トーマス・ハーンズ」のようだった試合。まだ強さがあった頃にミドル級でレナードとハーンズが対戦していたら、この「ベントンvs.カーター」のような試合になっていたかも。その後のカーター。あのエミール・グリフィスを1RでTKOしたり、後のWBA世界ヘビー級王者ジミー・エリスに3-0で勝利したり。しかし、ジョーイ・ジャーデロの世界ミドル級王座への挑戦は判定負け。その後も多くの試合を行ったが、勝ったり負けたり。強盗容疑で逮捕され、有罪。無実を訴え続けたが、無視されて長期服役。刑務所で書いた自叙伝がキッカケになってついに「冤罪」が認められるという波乱に満ちた人生となった。)
③ジョージ・ベントン 10R 判定 アレン・トーマス
(ミドル級戦、1963年)
ベントン:左ジャブ、右ストレート、フック
トーマス:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:カーターに敗れたベントンの再起戦。トーマスはアラバマ州タスキーギ出身の黒人。身長180cm。1959年にデビューしたが、二戦目でKO負け。そこから連勝。イリノイ州王座(ライトヘビー級)をTKOで獲得している。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。開始から積極的なトーマス。スリムな身体からシャープなパンチでジャブ、右ストレート、接近してフック連打。ベントンは受けて立つ戦いぶり。ディフェンスしながら右ストレート、フックで応戦。右カウンター、左フックに巧さ、大きめの右フックに迫力。左フックからの右ストレートといったコンビネーションも使用。手数を出すトーマスだが、どうやらブロックされている様子。ベントンの正確な強打を時折食い、勢いが落ちていく。10R、シャープなパンチで頑張るトーマスだが、そこまで。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。共に良い選手だったが、パワー&パンチの正確さでベントンが上だった。その後の二人。トーマスはボブ・フォスター(後の世界ライトヘビー級王者)に1Rで敗れるなど勝ったり負けたりに。1970年までリングに上がった。ベントンは多くの試合。ペンシルベニア州王座(ミドル級)を獲得したり、ジミー・エリスに2-0で勝利したり。しかし、元世界ウェルター級王者ルイス・ロドリゲス、強打者ベニー・ブリスコにTKO負け。中堅相手に連勝だったが、判定負け。そして、事件。ベントンの家族に逆恨みした男に銃で撃たれて引退。引退後はエディ・ファッチに弟子入り。伝説の「マニラのスリラー」ではジョー・フレージャーのセコンド。トレーナーとしてイベンダー・ホリフィールド、パーネル・ウィテカーといった名のある選手を指導。1989年と1990年に「年間最優秀トレーナー」賞。2001年、ボクサーではなくトレーナーとしての功績により国際ボクシング殿堂入り。シュガー・レイ・レナードに似たタイプだったベントン。レナードは五階級制覇。ベントンはローカル王座のみ。時代によって運が大きく違うのが人生の厳しいところ。)
①「Middleweight
George Benton vs. Bobby Boyd」
②「Middleweight
George Benton vs. Rubin Carter」
③「Middleweight
George Benton vs. Allen Thomas」









