ヘビー級。名のある強豪と戦った男。ニノ・バルデス戦(再戦)、ジョニー・サマーリン戦、ダグ・ジョーンズ戦を紹介します。
エディ・マッチェン(アメリカ)
身長183cm:オーソドックス(右構え)
①エディ・マッチェン 8R KO ニノ・バルデス
(ヘビー級戦、1956年)
マッチェン:左ジャブ、右ストレート、左フック
バルデス:左ジャブ、右ストレート、左フック
(ダウンシーン)
4R:連打でバルデスがダウン
8R:左フックでバルデスがダウン
(感想:マッチェンはカリフォルニア州レディング出身の黒人。身長は183cmだが、リーチは191cmある。親は郵便配達員で、6人兄弟。スポーツが得意だったが、短気な性格でケンカばかり。高校を中退し、ボクシングを選択。ボクサーだった叔父デイブ・ミルズの指導を受けたが、武装強盗で三年間服役。出所後、「二度と刑務所には戻らない」と覚悟を決めてプロに。デビューから連勝。バルデスとは再戦で、初戦は3-0でマッチェン勝利。バルデスはキューバ・ハバナ出身の黒人。身長191cmで、リーチ198cmの立派なヘビー級。「こだわり」があり、それは「白いトランクスしか着用しない」というもの。「ハバナでカトリックの洗礼を受けた時、ボクシングは白のみで行うことを誓った」というのが根拠。デビューは1941年、ハバナ(KO勝ち)。その後、敗北はあったが、キューバ王者に。アメリカでも試合。ハロルド・ジョンソン、アーチー・ムーアに敗北、エザード・チャールズに勝利。ロッキー・マルシアノの世界ヘビー級王座に挑戦できる候補だったが、実現せず。このところまたしてもムーアに敗れるなど勝ったり負けたり。フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦(ハイライト映像で観戦)。4R、白いトランクスのバルデス。左ジャブ、左フックなど左パンチに器用さ。マッチェンは右ストレートからの左フックなどパワーを込めた打ち方。左フックが効いたバルデス。連打でロープにもたれるダウン。8R、左フックでバルデスがダウン。座ったまま10カウントを聞いた。マッチェンがパワーで勝利。バルデスはキューバの黒人らしい柔軟さが感じられたが、パンチが効いてしまった。その後のバルデス。再起戦でゾラ・フォーリーに3-0の敗北。中堅どころには強く、連勝。後の世界王者ソニー・リストンに3RでKO負け。ブライアン・ロンドン(後、モハメド・アリの世界王座に挑戦してKO負け)にTKO勝ち。カナダでジョージ・シュバロと対戦する予定だったが、バルデスの左目が白内障になっていることが判明。試合は中止に。引退後は警備員になったとか。)
②エディ・マッチェン 10R 判定 ジョニー・サマーリン
(ヘビー級戦、1956年)
マッチェン:左ジャブ、右ストレート、左フック
サマーリン:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:バルデス戦後、連勝のマッチェン。サマーリンはアラバマ州ルバーン出身の黒人。自動車産業で賑わうデトロイトへ家族で移住。高校ではバスケットボール。卒業後にボクシング。陸軍でボクシングのインストラクターの仕事。プロデビューから連勝。TKOで初黒星。ミシガン州王者になったが、キャリア初期のソニー・リストンに判定で二連敗。ミシガン州王座陥落。ゾラ・フォーリーらを相手に連勝。ボブ・サタフィールド、ハロルド・カーターに二連敗の状況でマッチェン戦。ニューヨーク州シラキュースでの一戦。互いに慎重にガードしながら正確な左ジャブ。マッチェンがジャブ連打からの右ストレート、左フックといったコンビネーション。サマーリンはゴツいパンチを打つタイプで、接近して打ち込む左フックからの右フックに迫力(ソニー・リストンに似ている。体格や顔の雰囲気も)。2R、マッチェンの左フックがヒットし、連打で優勢。3Rは右フックでサマーリン優勢。共に左フックに巧さ。接近戦ではクリンチ多め。攻めるサマーリン、距離を取って応戦するマッチェン。終盤はマッチェン。ディフェンスしながらジャブ連打。サマーリンのパンチも時折ヒットするが、9Rに左フックを食い、10Rも劣勢。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マッチェンが強敵に際どい勝利。サマーリンはなかなかのパワーと当てる巧さ。ただ、スピードが少し微妙だったか。その後のサマーリン。この試合後、ブランク。カムバック、連勝。しかし、ニノ・バルデスにKO負け。身体の不調があり、医師の勧めで26歳で引退。引退後はデトロイトでトレーナーになった。)
その後のマッチェン
サマーリン戦後、元世界ライトヘビー級王者ジョーイ・マキシムに二連勝。しかし、「北欧の雷神」インゲマル・ヨハンソンに1RでKO負け、初黒星(ヨハンソンはその次の試合でフロイド・パターソンをKOして世界ヘビー級王座に)。その後、連勝してローカル王座を獲得したが、ゾラ・フォーリーに敗れて二敗目。さらにソニー・リストン、ハロルド・ジョンソンに敗北。ヘビー級の競争の厳しさに押される状態に。
③エディ・マッチェン 10R 判定 ダグ・ジョーンズ
(ヘビー級戦、1961年)
マッチェン:左ジャブ、右ストレート、フック
ジョーンズ:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:ハロルド・ジョンソン戦後、再起二連勝のマッチェン。ジョーンズは当時の新鋭。ニューヨーク出身の黒人で、元軍人。19歳でアメリカ空軍に入隊し、そこでボクシングをスタート。アマチュアで活躍。プロ入り後、連勝。その勢いでマッチェン攻略なるか? フロリダ州マイアミ・ビーチでの一戦。基本ができているジョーンズ(この選手もリストンに見た目が似ている)。足でリズムを取りながらジャブ、ワンツー(正統派のボクサータイプ)。共に当てるテクニックがあり、巧さで勝負。しかし、プロでの経験の差か、マッチェンがディフェンスしながらパンチをヒットさせる。ジョーンズはボディ打ちにも良さがあるが、ブロックされる。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。マッチェンが隙を突くパンチで勝利。ジョーンズは良い選手だが、パワー不足。相手のガードを吹き飛ばすような威力は無かった。その後のジョーンズ。再起戦は空位の世界ライトヘビー級王座決定戦。しかし、ハロルド・ジョンソンに判定負け。続くゾラ・フォーリー戦も判定負けで三連敗。後の世界ライトヘビー級王者ボブ・フォスターをKO。フォーリーにKOで雪辱。カシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)に判定負け。ジョージ・シュバロにTKO負け。WBA世界ヘビー級王者アーニー・テレルに挑戦して判定負け。後の世界王者ジョー・フレージャーにKO負け。トップには立てなかったが、名のある選手と対戦できた。)
その後のマッチェン
中堅相手に勝利。クリーブランド・ウィリアムスとドロー。フロイド・パターソンに判定負け(1964年。この頃は精神的な問題により、不調だったという)。その再起戦でアーニー・テレルとWBA世界ヘビー級王座決定戦を行い、判定負け。カール・ミルデンバーガーに判定負け。ジェリー・クォーリーに判定勝ち。最後はジョー・フレージャーら連敗で引退(1967年、35歳)。実力はあったが、一定のレベル以上の選手には勝てなかったマッチェン。引退前の1966年に破産。プライベートでは警官との乱闘で逮捕。引退後は港湾労働者に。1972年8月8日、アパートから転落して40歳で死去。原因(事故、他殺)は不明。キツい人生だった。
①「Heavyweight
Eddie Machen vs. Nino Valdes」
②「Heavyweight
Eddie Machen vs. Johnny Summerlin」
③「Heavyweight
Eddie Machen vs. Doug Jones」
ソニー・リストン(Sonny Liston)のページ
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ジョー・フレージャー("Smokin'" Joe Frazier)のページ

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