2022年1月26日水曜日

ソウル・マンビー(Saoul Mamby)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

WBC世界J・ウェルター級王者。多くの敗戦。長いジャブ、ストレートで世界を獲得。ターマイト・ワーキンス戦、ジョー・キンプアニ戦、レロイ・ヘーリー戦(初戦)を紹介します。

ソウル・マンビー(Saoul Mamby)ボクシング・ブログ「世界の強豪ボクサー」[Google Blogger]

ソウル・マンビー(アメリカ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)

ソウル・マンビー 15R 判定 ターマイト・ワーキンス

(WBC世界J・ウェルター級タイトル戦、1980年)

マンビー:左ジャブ、右ストレート、左右フック

ワーキンス:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(感想:マンビーがタイトル防衛。ニューヨーク・ブロンクス出身のマンビー。父はジャマイカ人、母はスパニッシュ系。16歳でボクシングを始め、アマチュアを経験。陸軍に入隊し、ベトナム戦に従軍。ジャマイカのキングストンでプロデビュー(判定勝ち)。以来、勝ったり負けたりを繰り返しながら実力を付けていく(負けたがロベルト・デュラン、アントニオ・セルバンテスと対戦)。センサク・ムアンスリンのWBC世界J・ウェルター級王座への挑戦は2-1で敗北。二度目の同王座チャレンジで金相賢をソウルでKOしてこのタイトルを獲得。初防衛戦ではあのエステバン・デ・ヘスス(ガッツ石松からWBC世界ライト級タイトルを奪った男)をKO。これが二度目の防衛戦。これまで28勝(14KO)12敗5分。負け数が勝ちに比べてえらい多いが、KO負けは一つもない。ワーキンス(アメリカ)は46勝(29KO)3敗1分、となかなか立派な戦績。テキサス州のライト級王座を獲得しているが、戦績からすると「ローカルな選手」といった印象。ラスベガス「シーザース・パレス」での一戦。会場ではグレゴリー・ペック(『ローマの休日』『オーメン』など)、リチャード・クレンナ(『ランボー』シリーズなど)といった有名人が観戦。長いジャブ、ストレートを使うマンビー。接近戦では左フックでボディを器用に叩く。ワーキンスは接近してショート連打を当てようとするが、マンビーの長い腕にブロックされる。判定は3-0。ダウンシーンは無し。ワーキンスは右ストレートと左フックは悪くはなかったが世界王者になれるような強さは感じられなかった。マンビーのボクシングには破壊力は感じられなかったが、よくジャブを出し、左フックのボディ打ちが巧みだった印象。)


ソウル・マンビー 15R 判定 ジョー・キンプアニ

(WBC世界J・ウェルター級タイトル戦、1981年)

マンビー:左ジャブ、右ストレート、左右フック

キンプアニ:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(感想:マンビーがタイトル防衛。デトロイト「ジョー・ルイス・アリーナ」での三度目の防衛戦。共に黒人ボクサー。キンプアニはコンゴ出身でフランス国籍。フランス王座、欧州王座を獲得した実績があり、センサク・ムアンスリンが王者だったときに同タイトルに挑戦したことがある(1977年。TKO負け)。これが二度目のチャレンジ。マンビーもセンサクに挑戦して負けたことがある。「センサクに負けた者同士」の一戦。キンプアニがシャープなストレートとフック連打。マンビーは長いジャブ、左フック。キンプアニは攻撃が雑な感じで、クリンチが多い試合展開に。判定は3-0。ダウンシーンは無し。マンビーはジャブとボディ打ちが良かったとは思うが、特に大きな見所が無かったような気がした試合。マンビーは世界王者であるにもかかわらず当時はあまり人気がなかったとか。こういう試合がその理由かもしれない。)


レロイ・ヘーリー 15R 判定 ソウル・マンビー

(WBC世界J・ウェルター級タイトル戦、1982年)

マンビー:左ジャブ、右ストレート、左右フック

ヘーリー:左ジャブ、右ストレート、左右フック

(感想:ヘーリーがタイトル獲得。マンビーの六度目の防衛戦。挑戦者はWBC3位のヘーリー(アメリカ)。これまで45勝(15KO)2敗2分の27歳。勝ち数のわりには少ない「15KO」というのが気になるところ。ジャブを使いながら、思い切った左右フックを飛ばすヘーリー。35歳のマンビーはジャブ。ヘーリーはパワフルな攻撃をするが、振り回すような打ち方のためパンチの正確さに欠ける。マンビーもヘーリーに合わせて打ち合いに応じる。13、15Rにはマンビーの左フックでヘーリーがロープに座るような形になるシーンもあったが、レフェリーはこれをダウン扱いせず。最終ラウンド終了時には両手を上げて自身の勝利を確信している様子だったマンビーだが、判定は2-1。ダウンシーンは無し。マンビーはよくジャブを出していたがパワーに欠けていた。ジャッジは、粗いがパワフルなヘーリーのフックを評価したと思われる(王座を懸けた再戦もヘーリーの判定勝ち)。王座を失ったマンビーだが、その後も長期に渡ってリングに上がり続けた(何と60歳でカムバック。判定負け。それがラストファイトに)。それが可能だったほど、安定したテクニックを持っていた。)

①「WBC World Super Lightweight Title 

Saoul Mamby vs. Maurice Watkins」

②「WBC World Super Lightweight Title 

Saoul Mamby vs. Jo Kimpuani」

③「WBC World Super Lightweight Title 

Saoul Mamby vs. Leroy Haley」 

エステバン・デ・ヘスス(Esteban De Jesus)のページ

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金相賢(Sang-Hyun Kim)のページ

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レロイ・ヘーリー(Leroy Haley)のページ

4 件のコメント:

  1. マンビーはタフでした。全盛期のロベルトデュランとも戦ってますね(判定負け)。
    1970年代、1980年代初頭の多くの猛者と戦ったにもかかわらず長いリングキャリア。信じられない位の息の長いボクサーでした。

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    1. コメントありがとうございます。昔の選手は「自分が強いところをファンに見せたい」という意識が強かったような気がします。ハードな打撃戦。パンチの打ち方が悪いと逆に打たれてしまう、ディフェンスとタフネスが要求される試合。マンビーはそんな時代の選手。地味ですが上質のボクシング。晩年には当時ホープだったグレンウッド・ブラウンにも勝利。ボクシングが「単なる殴り合いではない」ということを見せてくれた良い選手でしたね。

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  2. ボクシングは打たせずに打つ芸術だと思います。
    ただ昔のボクサーは、現代と違うルール、敵地ではKOしないと判定では勝てない…などなど現代のボクシングとは違う側面があっとと思います。

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    1. コメントありがとうございます。確かにおっしゃる通りです。昔は今とは違うルールもありましたし、いわゆる「地元判定」などでアウェイの選手が不利な扱いをされることもよくあったとか(今でも?)。しかしながらプロボクシングは「興行」という面が強いスポーツ。プロ野球のように定期的に決まった試合数が行われるものではありません。「打たせずに打つ」のが基本ですが、あまり「打たせない」ことを意識したスタイルだと、ディフェンシブになってしまいます。そういうエキサイティングではない試合・選手をファンがお金を払ってまで見たいと思うでしょうか? 昔からボクシングファンを引きつけてきたのはやはり「パワー」だと思います。特に強い者同士の試合では「自分のパンチだけ当てて相手のパンチをもらわない」というのは事実上不可能。シュガー・レイ・ロビンソンもモハメド・アリも打たせない部類のファイターでしたが、相手が強いとき、いざというときにはよく打ち合っていましたね。

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