2026年4月15日水曜日

ルイス・ロドリゲス(Luis Rodriguez)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

世界ウェルター級王者。エミール・グリフィスのライバル。ジーン・アームストロング戦、デニー・モイヤー戦ほかを紹介します。


ルイス・ロドリゲス(アメリカ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)

ルイス・ロドリゲス(Luis Rodriguez)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ルイス・ロドリゲス 8R TKO ジーン・アームストロング

(ミドル級戦、1962年)

ロドリゲス:左ジャブ、右ストレート、フック   

アームストロング:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

4R:右フックでアームストロングがダウン

(感想:ロドリゲスはキューバ・カマグエイ出身。本名「ルイス・マヌエル・ロドリゲス」。身長173cmで、リーチは188cm。蛇のような鋭いジャブが武器。グリフィスのライバルだったが、グリフィスほど有名ではない。世界王座を獲得したが奪い返されて「47日間の天下」だったこと、テクニシャンタイプだったこと、が地味な存在だった理由(「ルイス・ロドリゲス」という普通すぎる名前も目立ちにくい理由だったかも)。しかしながら、ウェルター級のトップ選手だけではなく、ミドル級の実力者とも対戦した凄い男。トレーナーはあのアンジェロ・ダンディ。若き日のモハメド・アリはロドリゲスのスタイル(特にジャブ)に影響を受けたとか。1956年、ハバナでデビュー。連勝でベニー・パレットに連勝したり、キューバ王座(ウェルター級)を獲得したり。キューバに敵がいなくなったのか、アメリカ進出。1960年12月、エミール・グリフィスに判定負け、初黒星。テクニックを競い合う内容だったが、積極さでグリフィスに及ばず。カーチス・コークスにも判定負け。コークスとの再戦は判定勝ち。その後、ヤマ・バハマらを相手に連勝。アームストロングはアラバマ州ピケンズビル出身の黒人。デビューから連勝。しかし、ディック・タイガーには敵わず、三敗。タイガーとの三戦目でTKO負けしてから一年以上経過して再起戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。スリムなロドリゲス。長い足で相手から距離を取ってジャブ、ストレート。左フックからの長い右ストレートに迫力がある(トーマス・ハーンズ、マイク・マッカラムのようなタイプ)。アームストロングはパワーで押すタイプ。ジャブ連打、接近してフック、ストレート。荒っぽいところもあるが、ジャブに速さ。接近戦。ボディの打ち合い。距離を取って戦いたいロドリゲスだが、打ち合いに応じて左フックを当てる(長いリーチを持て余すことなく正確にフックを当てるテクニック)。アームストロングのパンチも時折ヒットするが、ロドリゲスはひるまない(タフなのか、微妙にディフェンスが巧いのか。柔軟な身体がそれを可能にしているようだ)。4R、右フックでアームストロングがダウン。立ったが、KO負け寸前まで追い込まれる。その後も打ち合い。8R、ロドリゲスの正確なフックが次々にヒット。アームストロングがフラついたところでレフェリーストップ。ロドリゲスがタフな試合に勝利。テクニシャンだが、よく打ち合った。アームストロングはよく頑張ったが、これが最後の試合に。引退後は牧師になり、1990年にニュージャージー州ボクシング殿堂入り。)


ルイス・ロドリゲス 9R TKO デニー・モイヤー

(ミドル級戦、1963年)

ロドリゲス:左ジャブ、右ストレート、フック   

モイヤー:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

8R:右ストレートでモイヤーがダウン

9R:右ストレートでモイヤーがダウン

(感想:アームストロング戦後も連勝でエミール・グリフィスの世界ウェルター級王座に挑戦したロドリゲス。3-0の判定で王座奪取(1963年3月21日)。しかし、6月8日の再戦に2-1で敗北で、アッサリ王座陥落(結果的にその後も多くの試合を行い、世界挑戦もしたロドリゲスだが、世界王座を獲得したのは一度きりだった)。その再起戦でモイヤーと対戦。モイヤーはオレゴン州ポートランド出身の白人。1957年のデビューから連勝。実力者ガスパー・オルテガを破るなど好調だったが、ドン・ジョーダンの世界ウェルター級王座に挑戦して3-0の敗北、初黒星。エミール・グリフィス、シュガー・レイ・ロビンソンに勝利したりするなど経験を積んで、世界J・ミドル級王者に。しかし、ラルフ・デューパスに2-1で敗れて初防衛ならず。デューパスとのダイレクト・リマッチは3-0の敗北。その次の試合でロドリゲスと勝負。短期間で世界王座を失った者同士のサバイバル戦。試合地はフロリダ州マイアミ・ビーチ。リズミカルなフットワーク&ジャブの両者。接近戦ではフック、ボディ打ち。攻めるロドリゲス、応戦するモイヤー。右ストレート、フックを当て、ボディを連打するなどロドリゲス優勢。8R、右ストレートでモイヤーがダウン。立ち上がり、クリンチでピンチをしのぐが9Rにも強烈な右ストレートでダウン。立ったが、レフェリーストップ。ロドリゲスがディフェンス&当てる巧さで勝利。「テクニシャン」と評価をされているロドリゲスだが、パンチはかなり強い。モイヤーは相手の柔軟さにやられた。その後のモイヤー。多くの試合。北米ミドル級王者になって1972年にカルロス・モンソンの世界ミドル級王座に挑戦したが、TKO負け。その後も1975年まで精力的に試合(後の世界ミドル級王者ビト・アンツォフェルモに3-0の敗北ほか)。タフだったが、レベルが高い時代で勝ち続けることはできなかった。)


ルイス・ロドリゲス 10R 判定 ウィルバート・マクルーア

(ミドル級戦、1963年)

ロドリゲス:左ジャブ、右ストレート、フック   

マクルーア:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

ワンツーでマクルーアがダウン

(感想:モイヤー戦の次の試合(10月の初戦。または12月の再戦の映像)。マクルーアはオハイオ州トレド(ジャック・デンプシーが王座を奪取した「トレドの惨劇」でおなじみ)出身の黒人。身長180cm。1960年のローマ・オリンピックに出場し、ライトミドル級で金メダル。プロ入り後はロドリゲス戦まで全勝。ロドリゲス戦は「真価が試される試練」といったところ。ニューヨーク、またはマイアミ・ビーチでの一戦。共にスラリとした体型でキレのある長いパンチ。ジャブ、右ストレート、フック。バランスが良いのはロドリゲスで、コンビネーションで攻める。マクルーアはバランスを崩すほどパワーを入れてワンツーなどを打つが、単発。しかし、接近戦では激しく応戦。強烈なワンツーでマクルーアがダウン。ロドリゲスも右ストレートを食うが、ひるまず。判定は3-0。バランスの良さでロドリゲス勝利。マクルーアはプロらしい試合を意識してパワーを込めたのであろうが、金メダリストらしくない粗さがあった。マクルーアはロドリゲスに二連敗。その後、ホセ・トーレス(後、世界ライトヘビー級王座獲得)、ハリケーン・カーターらに敗北。ミシガン州王座(ミドル級)を獲得できたが、連敗。ラストファイトは1970年でビル・ダグラス(ジェームズ・バスター・ダグラスの父)にTKO負けだった。)


その後のロドリゲス

多くの試合。ルービン・ハリケーン・カーターに判定勝ち(二度)、1966年7月6日、カーチス・コークスとの世界ウェルター級王座挑戦者決定戦にTKO負け、強打者ベニー・ブリスコに判定勝ち(二度)、ビセンテ・ロンドン(後のWBA世界ライトヘビー級王者)に判定で一勝一敗、1969年11月22日にニノ・ベンベヌチの世界ミドル級王座に挑戦してKO負け。世界王座に返り咲くことなく、1972年まで戦い続けた。世界王座に就いたのは一度だけで短期間という実力に見合わない結果となったが、1997年に国際ボクシング殿堂入りを果たした。


①「Middleweight 

Luis Rodriguez vs. Gene Armstrong」

②「Middleweight 

Luis Rodriguez vs. Denny Moyer」

③「Middleweight 

Luis Rodriguez vs. Wilbert McClure」


カーチス・コークス(Curtis Cokes)のページ


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