2026年4月10日金曜日

ジミー・カーター(Jimmy Carter)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

世界ライト級王座を三度獲得。世界戦のアート・アラゴン戦(再戦)、ジョージ・アラウジョ戦、ウォレス・スミス戦(三戦目)ほかを紹介します。


ジミー・カーター(アメリカ)

身長168cm:オーソドックス(右構え)

ジミー・カーター(Jimmy Carter)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ジミー・カーター 10R 判定 パーシー・バセット

(ライト級戦、1951年)

カーター:左ジャブ、右ストレート、フック   

バセット:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:カーターはサウスカロライナ州エイキン出身の黒人。9歳の時、ニューヨークに移住。そこは荒っぽい所だったため、自衛としてボクシングを習うことに。アマチュアを経験。陸軍に入隊し、戦後の1946年にプロデビュー。ハイペースで試合をこなして連勝だったが、判定で初黒星。1947年、ジョー・ブラウン(後、世界ライト級王座獲得)に判定負け、サンディ・サドラー(後、世界フェザー級王座獲得)とドロー。1950年、ウォレス・スミスに3-0の勝利。直前の試合は2-1の敗北。バセットはバージニア州ダンビル出身の黒人。1947年デビュー。連勝後、判定で初黒星。さらに一つ判定負けしたが、その後は連勝でカーター戦。ニューヨークでの一戦。開始から左フックで仕掛けるカーター。相手の勢いをくじくのが狙いなのか、その後も右ストレートからの左フック、左右フックボディ打ち、右アッパーなどでひたすら攻撃。バセットも見事なもの。攻められながらもシャープなジャブ、ストレート、フックで応戦。右ストレートを打たれても反撃する気の強さ。10R、フックを連続ヒットさせるなど最後まで攻めるカーター。バセットも最後まで対抗。10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。世界戦レベルだった好試合。カーターが攻勢点で勝利。パンチの打ち方が良く、豊富なスタミナ。バセットもタフで、よく手数を出した。その後のバセット。クリーンな選手だったらしく、ギャングとの関わりは無し。そのため、良いチャンスを得られず。1953年、世界フェザー級暫定王座をTKOで獲得(1953年。この暫定王座は王者サンディ・サドラーが軍に入隊したために設定された)。しかし、勝ったり負けたりになり、網膜剥離で引退。)


ジミー・カーター 15R 判定 アート・アラゴン

(世界ライト級タイトル戦、1951年)

カーター:左ジャブ、右ストレート、フック   

アラゴン:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

6R:左フックでアラゴンがダウン

(感想:カーターがタイトル初防衛。バセットに勝ったカーターだが、ダイレクト・リマッチは3-0でバセット勝利。ところがその次の試合は大きなチャンス。アイク・ウィリアムスを番狂わせで破って世界ライト級王者に。ノンタイトル戦を複数。連勝だったが、アラゴンに2-1の敗北。初防衛戦をアラゴンと行うことに。挑戦者アラゴンはニューメキシコ州ベレン出身の白人。ニックネームは「ゴールデン・ボーイ」(派手好きな男らしく、映画に出演し、マリリン・モンローらハリウッドの人間とも交流)。1944年にプロデビュー。敗北しながらも多くの勝利。カリフォルニア州王座(ライト級)を決定戦で獲得。連勝の勢いでカーターにノンタイトル戦で勝利。その次の試合は世界王座を懸けたダイレクト・リマッチ。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦(ラウンドカットされた映像で観戦)。似た体格。互いに力強くジャブ、ストレート、フック。アラゴンは左フックからの右ストレートが武器。カーターは隙を突くパンチ、速射砲のような連打、コンビネーション(「左フック、右ストレート、左フック」、左フックをボディからアゴへ連打、ほか)。 6R、右フックからの左フックでアラゴンがダウン。その後、カーターはクリンチを使いながら時折強烈な連打をまとめ、攻めながらもディフェンスはしっかり。アラゴンはパワーを入れて反撃するが、単発に終わる。15R終了。判定は3-0。パワー&スタミナでカーター勝利。クリンチを使うなどやや地味な試合運びなところもあったが(「地味カーター」?)、強打をまとめる様は後のアズマー・ネルソンのような雰囲気も。アラゴンは力を込めて打っていたが、スタミナでカーターに及ばず。その後のアラゴン。多くの試合。ラウロ・サラス、ドン・ジョーダン、カーター(三戦目)に勝利。しかし、世界戦はカーターとのこの再戦のみ。1960年に引退した後、保釈保証人になったそうだ。)


ジミー・カーター 13R TKO ジョージ・アラウジョ

(世界ライト級タイトル戦、1953年)

カーター:左ジャブ、右ストレート、フック   

アラウジョ:左ジャブ、右ストレート、フック

(ダウンシーン)

9R:右ボディ連打でアラウジョがダウン

13R:右フックでアラウジョがダウン

(感想:カーターがタイトル防衛。アラゴン戦後、ラウロ・サラス相手に防衛したカーター。再びサラスと防衛戦を行って王座を奪われたが、奪回。ノンタイトル戦に敗れる不覚はあったが、王座を防衛中。アラウジョと防衛戦。挑戦者アラウジョはロード・アイランド州フォックス・ポイント出身の黒人。身長は166cmで、カーターとあまり変わらない。アマチュアで経験。1948年のデビューから連勝。判定で初黒星を喫したが、その相手にはTKOで雪辱。ローカル王座(フェザー級、ライト級)獲得、防衛。世界フェザー級王者サンディ・サドラーに3-0の勝利。後の世界ライト級王者ジョー・ブラウンにKO勝ち。このところ連勝中で、勢いがある。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦(ラウンドカットされた映像で観戦)。実にパワフルなカーター。ジャブで相手に圧力を掛けてフックを豪快に振るう様はソニー・リストンのよう。アラウジョはパワーに押されてフットワーク&ジャブのアウトボクシング。腰が引けたパンチを打つが、右カウンターを当てるシーンも。左フックからの右フックなどでカーター優勢。9R、ワンツー、右フックを食ってピンチのアラウジョが右ボディ連打でダウン。立ったが、右フックを食ってKO負け寸前。粘るアラウジョ。13Rにフック連打からの右フックでダウン。レフェリーはそれと同時に試合を止めた。カーターが凄まじいパワーで快勝。アラゴン戦の時よりも強かった。アラウジョは気の毒。「リングに上がって初めてわかる相手の強さ」に押されぱなしだった。その後、アラウジョはトニー・デマルコにTKO負けするなど不調。世界挑戦はカーター戦のみに終わった。)


ウォレス・バッド・スミス 15R 判定 ジミー・カーター

(世界ライト級タイトル戦、1955年)

カーター:左ジャブ、右ストレート、フック   

スミス:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:アラウジョ戦の次の試合(ノンタイトル戦)に2-1で敗れたカーター(昔は怪しげなことが多かったボクシング界。ギャングから「負けないと殺す」などと脅されたり、「再戦を保証するから今回は負けろ」などと条件を提示されたり。「敗北」を額面通りに受け止めるわけにはいかない時代があった)。王座を防衛したが、パディ・デマルコに敗北、王座陥落。デマルコから王座を奪回。かつて下したウォラス・スミスとの再戦に2-1で敗れ、王座陥落。王座奪回を狙ってスミスと三度目の対戦。王者スミスはオハイオ州シンシナティ出身の黒人。1948年のロンドン・オリンピックにライト級で出場(惜しくもメダル獲得ならず)。プロデビューから連勝でオハイオ州王者(ライト級)になったが、次第に勝ったり負けたりに。カーターを番狂わせで破って世界王者に。カーターとダイレクト・リマッチ。シンシナティでの一戦。パワーで前進するカーター。しかしながら、勢いに欠け、加速できない。スミスは左のテクニック(ジャブ、斜め下からのフック)、右カウンターを使い、カーターの攻めをクリンチで阻止。6Rからフットワーク&ジャブのカーター。時折パワフルなフック連打を見せるが、攻撃が続かず。しかも、左パンチを食って右目の腫れ。13Rに強打を振るったが、その後はまた細かいパンチを食う。15R終了。判定は3-0。スミスが器用さで勝利。残念だったカーター。ボディ連打に強さがあったが、パワフルな攻撃が持続せず。アラウジョ戦ではソニー・リストンのような攻めを見せたが、今回はガス欠な試合ぶり。当時は世界王者が防衛戦の間に多くのノンタイトル戦。ハードスケジュールで急速にパワーが落ちていったのかもしれない。その後の二人。初防衛に成功してカーターと決着をつけたスミス。ところがどうしたことか、ノンタイトル戦でトニー・デマルコ、ジョー・ブラウンらに三連敗。ブラウンと世界王座を懸けて防衛戦を行ったが、敗北。王座を懸けたブラウンとの三度目の対戦も敗北。その後も連敗で、カーターとの三戦目以後は全敗でキャリア終了。カーターもスミスとの三度目後は勝ったり負けたりで世界戦はなし。1960年までリングに上がった。)


①「Lightweight 

Jimmy Carter vs. Percy Bassett」

②「World Lightweight Title

Jimmy Carter vs. Art Aragon」

③「World Lightweight Title

Jimmy Carter vs. George Araujo」

④「World Lightweight Title

Jimmy Carter vs. Wallace Bud Smith」

 

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