フルマー兄弟。「ジェイ・フルマー vs. ジム・モーリー」「ドン・フルマー vs. レトル、フュメレル」を紹介します。
ジェイ・フルマー(アメリカ)
身長171cm:オーソドックス(右構え)
ドン・フルマー(アメリカ)
身長175cm:オーソドックス(右構え)
①ジェイ・フルマー 2R KO ジム・モーリー
(ウェルター級戦、1957年)
フルマー:左ジャブ、右ストレート、フック
モーリー:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
2R:左フックでモーリーがダウン
(感想:フルマー兄弟はユタ州ウェストジョーダン出身の白人。兄ジーン(1931年生まれ)、弟ジェイ(1937年)&ドン(1939年)。ジーンは世界ミドル級王者になり、シュガー・レイ・ロビンソンとの対戦であまりにも有名。ジェイは1956年、ニューヨークでデビュー(判定勝ち)。以来、連勝中。モーリーはユタ州ソルト・レーク・シティの選手で、四回戦選手。ウェストジョーダンでの一戦。長身のモーリー。アップライトスタイルからジャブなどを出すが打ち方がぎこちなく、ガードに甘さ。フルマーが接近して右ストレート、フック。2R、強烈な右カウンターからの左フックでモーリーがダウン。立てず、KO。フルマーが楽勝。勝っても自慢にならない相手だったが、フィニッシュのコンビネーションはスムーズかつパワフルだった。モーリーは残念ながらバランスが悪く、基本ができていなかった。その後の二人。モーリーは数試合やって引退。フルマーは中堅らを相手に連勝だったが、TKOで初黒星。その後は試合経験のある選手には敵わず。タイトル戦を行うことなくキャリア終了。)
②ドン・フルマー 10R 判定 ステファン・レトル
(ミドル級戦、1960年)
フルマー:左ジャブ、右ストレート、フック
レトル:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:アマチュアでは65戦無敗だったというドン。1957年、ウェストジョーダンでプロデビュー(TKO勝ち)。経験の浅い相手に連勝。それがまずかったか、三連敗。そこからまた連勝中。レトルはハンガリーの白人。デビューから主戦場はアメリカ。連勝だったが、2-1で初黒星。ローカル王座(ウェルター級)獲得。直前の試合でTKO負けするなどこのところ勝ったり負けたりで苦戦中。ウェストジョーダンでの一戦。互いにジャブ。攻めの姿勢で前進するレトルだが、雑な攻めで攻撃の正確さに欠ける。フルマーは相手から距離を取って戦うタイプで、接近してくる相手に右ストレートからのフック連打。パワーがあるが、相手のレトルは意外にディフェンスが巧い。決定打を欠く状況のまま10R終了。判定は3-0(ダウンシーンは無し)。フルマーが手数で勝利。受け身の試合ぶりなところもあったが、パワーとディフェンスのテクニックがあった。レトルはヨーロッパ人らしからぬ雑な打ち方が残念。その後、レトルはカーチス・コークスらに連敗。ドイツでは強かったが、アメリカではトニー・デマルコといった実力者に敗北。)
③ドン・フルマー 10R 判定 ロッキー・フュメレル
(ミドル級戦、1961年)
フルマー:左ジャブ、右ストレート、フック
フュメレル:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
3R:左フックでフュメレルがダウン
(感想:レトル戦後も連勝を続けたドンだが、ジョーイ・アーチャーに2-0で敗北。再起戦でフュメロルと対戦。フュメロルはニューヨーク州バッファロー出身の白人で、ニックネームは「ブロンド・ボンバー」(相当パンチが強いのだろう。「ジャック・デンプシーのような奴」と言われたこともあるとか)。父がアマチュアボクサーだった縁でボクシングを選択。アマチュアで全勝、大会で優勝経験。プロではデビューから連勝。「天才型」のようだが、トニー・デューパスに判定で初黒星(インフルエンザ後で体調不良だったらしい)。ベテランのラルフ・タイガー・ジョーンズに判定勝ちし、フルマー戦。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での注目の一戦。互いにジャブ。共に良い選手。フルマーがパワーを込めてゴツいストレート、フック連打。フュメレルはパンチのキレで勝負するタイプで、ボロパンチのような右フック、パワーを乗せた左ボディ打ち。テクニックを使いながら時折パワーのあるパンチを打ち込む。好調のフルマー。右フック、右ストレートからの左フックを当てる。3R、右ストレートからの強烈な左フックでフュメレルがダウン。その後もワンツー、連打にパワーと速さがあるフルマー。右ストレートからの左ジャブといったテクニックも披露。フュメレルは良いパンチを打つが、単発。10R終了。判定は3-0。共に才能を見せた試合。互いにパワーがあったが、フルマーは「ゴツいパワー」のうえパンチにキレ。フュメレルは「速いパワー」があったが、連打するタイプではなかった。両者の違いが結果に反映された形となった。その後のフュメレル。この後、ブランク。二試合やって引退。「ボクシングはもう楽しくなくなった」というのが理由。引退後は大学に通い、通信や不動産関連の職に就いたそうだ。)
その後のドン
多くの試合。エミール・グリフィス、ホセ・トーレス、ディック・タイガーに判定負け。後のWBA世界ヘビー級王者ジミー・エリスに判定勝ち。WBAアメリカ王座(ミドル級)を懸けてグリフィス、アーチャーに判定勝ちで雪辱。ニノ・ベンベヌチ、ホセ・ゴンザレスに判定負け。ボボ・オルソンらに連勝(1967年にジョー・ホプキンスと「世界ジュニア・ライトヘビー級王座」を懸けて対戦し、勝利。この王座はスーパーミドル級王座の前身となるものだったそうだが、当時は「何の値打ちもない王座」と見なされた)。ベンベヌチの世界ミドル級王座に挑戦したが、判定負け。その後もミドル級、ライトヘビー級で試合。実力者が多かった時代だったため連戦連勝とはいかなかったが、名のある相手と対戦したタフなキャリア。キズによるTKO負けはあったが、KOされての敗北は一度もなし。現役中、1968年の戦争映画『コマンド戦略』に弟ジーン、ヘビー級のレックス・レインらボクサーと共に出演。引退後は消防局に勤めたり、兄弟でボクシングジムを経営したり。このジムでは子供たちが無料でトレーニングできたそうだ。
①「Welterweight
Jay Fullmer vs. Jim Morley」
②「Middleweight
Don Fullmer vs. Stefan Redl」
③「Middleweight
Don Fullmer vs. Rocky Fumerelle」


0 件のコメント:
コメントを投稿