ライトヘビー級。ニューヨークの白人サウスポー。ドン・フルマー戦、トム・ベセア戦、ジミー・デュプリー戦を紹介します。
ボビ-・キャシディ(アメリカ)
身長180cm:サウスポー
①ボビ-・キャシディ 10R 判定 ドン・フルマー
(ライトヘビー級戦、1971年4月)
キャシディ:右ジャブ、左ストレート、フック
フルマー:左ジャブ、右ストレート、フック
(感想:キャシディはニューヨーク州ロングアイランドのレビットタウン出身の白人サウスポー。1944年生まれ。アイルランド系であることからニックネームは「アイリッシュ」。アマチュアの経験無しでプロ入り(「職業は鉄鋼工」という資料。現役時代のことなのか、引退後のことなのかは不明)。1963年3月19日のプロデビュー戦は38秒でKO勝ち。ワンパンチKOだったという。以後、「マジソン・スクエア・ガーデン」などで多くの試合。中堅やベテランに勝利する一方、判定負けやKO負けも(圧倒的に強いワケではないようだ)。勝ったり負けたり連勝したり。1971年1月、大ベテランのルイス・マヌエル・ロドリゲスに2-1の敗北。再起戦はノーコンテストで、フルマー戦。フルマーは世界ミドル級王者になったジーン・フルマーの弟。ユタ州ウェストジョーダン出身。アマチュアで65戦無敗。1957年、ウェストジョーダンでプロデビュー(TKO勝ち)。パワーとディフェンスのテクニックで多くの試合。エミール・グリフィス、ホセ・トーレス、ディック・タイガー、ジミー・エリス、ニノ・ベンベヌチ(世界ミドル級王座戦。判定負け)らと対戦。ベンベヌチ戦後はもう一つだが、経験は充分。ニューヨークでの一戦。速い右ジャブ、左ストレートで先手を取るキャシディ。ダッキングしながら接近して左右フック連打。基本的には距離を取って戦いたい様子。フルマーはタンクトップ姿(アマチュアの試合かと。プロの試合でシャツを着ているのは珍しい)。ジャブを使いながらゴツい右フック、ワンツー、左右フックボディ打ち。パンチにはキレもある。手数でキャシディ。フルマーは残念なことになぜか受け身の姿勢(慎重な性格なのだろう)。5R、左フックを食ってフルマーがグラつく。その後もパワーで上回りながらフルマーは単発な攻撃にとどまる。10R終了。判定は2-1。キャシディがジャブで勝利。先手を取る積極さがモノを言った。フルマーは凄まじい右パンチを効果的に使えないもどかしさ。結局、兄貴のように世界王者になれなかったが、その後もミドル、ライトヘビー級で試合。1973年までリングに上がった。)
②ボビ-・キャシディ 10R 判定 トム・ベセア
(ライトヘビー級戦、1972年10月)
キャシディ:右ジャブ、左ストレート、フック
ベセア:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
9R:左フックでベセアがダウン
(感想:フルマー戦の次の試合で後のWBC世界ミドル級王者ロドリゴ・バルデスにTKOされたキャシディ。プエルトリコの実力者ホセ・ゴンザレスにもTKO負け。ベセアと再起戦。ベセアはノースカロライナ州ランバートン出身の黒人。ニックネームは「爆弾」。1967年デビュー。当初はまずまずだったが、カルロス・モンソン、ルイス・マヌエル・ロドリゲスらに連敗するなど戦績が悪化。大きな番狂わせ。世界王者ニノ・ベンベヌチにノンタイトル戦でTKO勝ち。その次の試合でベンベヌチの世界ミドル級王座に挑戦したが、KO負け(1970年)。そこからビル・ダグラス(バスター・ダグラスの父)、ベニー・ブリスコ(マービン・ハグラーに「対戦した中で最もパンチが強かった男」と評された強打者)らに敗れるなど勝ったり負けたり。直前の試合はラスベガスで判定勝ち。「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦(レフェリーはトニー・ペレス)。開始から手数が多い二人。ベセアは実に積極的で、ジャブを使いながら接近して右ストレート。キャシディは距離を取ってジャブ、ストレートで対抗するが、接近戦にフックで応戦したり、クリンチしたり。右ストレートを当てるベセア。時折連打をまとめ、左フックにパワーがあるキャシディ。共に良いパンチを持っているが、KOを狙うような攻めではない印象。9R、激しい打ち合い。ラウンド終了間際、左フックでベセアがダウン。10Rも激しく接近戦。判定はPTS。キャシディが左パンチのパワーで勝利。ベセアはよく前に出たが、攻め方が単調だったか。その後もベセアはリングへ。連勝でビル・ダグラスに判定で雪辱できたが、後の世界王者マービン・ジョンソン、マイケル・スピンクス、マービン・カメルら次世代の選手に連敗してキャリアを終えた。)
③ボビ-・キャシディ 10R 判定 ジミー・デュプリー
(ライトヘビー級戦、1973年9月)
キャシディ:右ジャブ、左ストレート、フック
デュプリー:左ジャブ、右ストレート、フック
(ダウンシーン)
2R:左フックで2度、デュプリーがダウン
7R:左フックでデュプリーがダウン
8R:右ストレートでキャシディがダウン
(感想:ベセア戦後、デュプリーにドロー、判定負けのキャシディ。デュプリーと三度目の対戦。デュプリーはサウスカロライナ州チャールストン出身の黒人。ニックネームは「猫」。ニューヨークが主戦場で戦績はおおむね良好。1971年、ベネズエラのカラカスでビセンテ・ロンドンとWBA世界ライトヘビー級王座決定戦を行ったが、KO負け。再起戦で北米ライトヘビー級王者になり、初防衛。二度目の防衛戦でマイク・クォーリー(ヘビー級の実力者ジェリー・クォーリーの弟)に敗北。以後はノンタイトル戦。キャシディと決着戦。ニューヨークでの一戦。キャシディがいつものように右ジャブ、左ストレート。デュプリーはダッキングしながらジャブ、ワンツー、左フック。やや動きのスピードに欠け、ストレートは押すような打ち方。ただし、踏み込んで打つ右ストレート、接近戦での斜め下からのフックに威力があり、キャシディはクリンチで対応。2R、接近戦での左ショートフックでデュプリーがダウン。立ったが、更に左フックでダウン。7R、左フックが効いたデュプリー。追撃の左フックでダウン。どうやらデュプリーはスロースターター。次第に動きに柔軟さ、パンチにパワー。8R終了直前、右ストレートでキャシディがダウン。10R、接近戦。キャシディが左強打。10R終了。判定は3-0。キャシディが早いラウンドでダウンを奪い、優勢に試合を進めて勝利。デュプリーはしゃくるような右フックにキャシディをKOできそうなパワーがあったが、仕掛けるのが遅かったのが残念。その後のデュプリー。再起戦はドロー、その次の試合は北米ライトヘビー級王座戦。かつて保持した王座の奪回を狙ったが、1RでTKO負け。それが最後の試合に。引退後、ニュージャージー州のボクシング殿堂入り(ニュージャージーでも試合をしたことが評価された?)。)
①「Light Heavyweight
Bobby Cassidy vs. Don Fullmer」
②「Light Heavyweight
Bobby Cassidy vs. Tom Bethea」
③「Light Heavyweight
Bobby Cassidy vs. Jimmy Dupree」

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