2026年3月27日金曜日

ガスパー・オルテガ(Gaspar Ortega)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

ウェルター級。コンビネーションが武器。デニー・モイヤー戦、ベニー・パレット戦、ビリー・ベロー戦ほかを紹介します。


ガスパー・オルテガ(メキシコ)

身長175cm:オーソドックス(右構え)

ガスパー・オルテガ(Gaspar Ortega)「世界の強豪ボクサー:ボクシング・ブログ」

デニー・モイヤー 10R 判定 ガスパー・オルテガ

(ウェルター級戦、1959年)

オルテガ:左ジャブ、右ストレート、フック

モイヤー:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:メキシコ・メヒカリ出身のオルテガ。スリムな体型で、ニックネームは「エル・インディオ」。1953年にメキシコでデビュー。以来、連勝だったが、判定で初黒星。ローカル王座戦で判定負け。アメリカのリングにも上がり、元世界王者トニー・デマルコに勝利、キッド・ギャビランに判定負け。ギャビランとの世界王座挑戦者決定戦に勝利したが、当時は実力者が多かった時代。連戦連勝というわけにはいかず、世界戦のチャンスを逃してきた(ただし、これまでの負けは全て判定で、KOされたことはまだない)。このところドン・ジョーダンに二連続で2-1の敗北(ジョーダンはオルテガ戦の次の試合で世界ウェルター級王者に)。モイヤーはオレゴン州ポートランド出身の白人。1957年のデビューから連勝中。王座戦の経験はまだない。ニューヨーク「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦(レフェリーはアーサー・マーカンテ。TVスポンサーはヒゲソリでおなじみ「ジレット」)。長いパンチを使うオルテガ。ジャブ、右ストレート、左ロングフック。振りは大きいが、パンチにはキレがあり、動きも機敏。モイヤーはなかなか地味な男。受け身の姿勢で隙を狙うボクシング。当てる巧さがあり、ワンツーからの左フックにパワーがあるが、パワフルな攻めは少な目(KOを狙うタイプではない)。時折ロングパンチを当てるオルテガ。細かいパンチを当てるモイヤー。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。モイヤーの隙を突くパンチが評価されたか。この試合のオルテガは長いパンチを使うだけ。後にコンビネーションのバリエーションが増えていくが、この試合のような敗北から教訓を得たのかもしれない。その後のモイヤー。ドン・ジョーダンの世界ウェルター級王座に挑戦して3-0の敗北、初黒星。エミール・グリフィス、シュガー・レイ・ロビンソンに勝利したりするなど経験を積んで、世界J・ミドル級王者に。しかし、初防衛ならず。王座陥落後も多くの試合。北米ミドル級王者になってカルロス・モンソンの世界ミドル級王座に挑戦したが、TKO負け。レベルが高い時代で勝ち続けることはできなかった。)


ガスパー・オルテガ 10R 判定 ベニー・パレット

(ウェルター級戦、1959年)

オルテガ:左ジャブ、右ストレート、フック

パレット:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:実力者との戦いが続くオルテガ。パレットはキューバのサンタ・クララ出身の黒人。キューバを主戦場に経験を積み、後の世界王者ルイス・ロドリゲスに判定負け。アメリカ進出。連勝後、二連敗。再起戦に判定勝ちしてオルテガ戦。あまり勢いがあるとは言えない状況。「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦(TVスポンサーは「ジレット」)。共にスリムな身体でリズミカル。接近戦ではフック連打などで手数。コンビネーションに良さがある二人。パレットは左フック連打からの右ストレート。オルテガはパワーを入れて右フックからの左フック、左右フックでボディ連打。似たタイプでパンチがシャープだが、パワーはオルテガか? パレットはクリーンな試合ぶりで、左フックを当てるテクニック。10R終了。勝利を確信している様子のパレットと陣営だが、判定は2-1でオルテガ(ダウンシーンは無し)。一進一退の勝負。大きな力の差はなかったが、パワーを込めた分、オルテガの方が見栄えが良かったようだ。負けたパレットはガッカリしていたが、その後、連勝でドン・ジョーダンから世界ウェルター級王座奪取。エミール・グリフィスとの世界王座をめぐる抗争。そして、グリフィスとの三戦目。試合のダメージで死去。勝ったグリフィスもショックを受け、それ以降は激しい攻めを控えるようになってしまった。)


チャーリー・スコット 10R 判定 ガスパー・オルテガ

(ウェルター級戦、1962年)

オルテガ:左ジャブ、右ストレート、フック

スコット:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:パレット戦後も苦闘が続くオルテガ。エミール・グリフィスと対戦したが、一進一退の攻防の末、2-1の敗北。中堅どころには勝つ安定感があるが、当時の世界ウェルター級はハイレベル。グリフィスの世界ウェルター級王座に挑戦して、今度はTKO負け。以後、中堅相手にまずまずの戦績でスコット戦。スコットはペンシルベニア州フィラデルフィア出身の黒人。1953年にデビューしたが、連勝しては連敗の不安定なキャリア。敗北は判定が多いが、後の世界ウェルター級王者ルイス・ロドリゲスにKO負け。ペンシルベニア州王座(ウェルター級)を獲得できたが、パレットに二連敗。このところ勝ったり負けたり。メリーランド州ボルチモアでの一戦。開始から激しい接近戦。オルテガが右フックからの左フック、打ち下ろすようなワンツーからの左フックなどのコンビネーション。スコットは左フックに自信があるようで、左フックを連打、左ボディ打ち。2R、左フックを食うオルテガ。3Rにも打たれてクリンチ。しかし、互いに譲らず。ダメージを負う激しい攻防が最後まで続いて10R終了。判定は3-0。世界戦レベルの攻防が見られた試合。コンビネーションを使うオルテガに対し、スコットは連打&左フック。ジャッジはスコットのパワフルな左フックを評価したようだが、どちらも素晴らしかった。勝った方も大きなダメージだったろう。その後のスコット。激しい試合をしてきた結果なのか、その後はベニー・ブリスコにペンシルベニア州王座戦でKOされるなど負けが多くなっていった。)


ガスパー・オルテガ 10R 判定 ビリー・ベロー

(ウェルター級戦、1963年)

オルテガ:左ジャブ、右ストレート、フック

ベロー:左ジャブ、右ストレート、フック

(感想:スコット戦後、中堅選手との試合が続くオルテガ。ベロー(20歳)はニューヨーク州ベイ・ショア出身の白人。1961年デビューの若手で、ニューヨークが主戦場。中堅どころと戦ってきたが、KO負けは一度もない。「マジソン・スクエア・ガーデン」での一戦。いきなり右フックをかますオルテガ。コンビネーション(右アッパーからの左フック、左右フックボディからの左フック、左ボディダブルからの右ストレート、右ストレートからの左フックなど)、ボディ打ちが冴える。ベローも左フックをボディからアゴへ連打したり、右ストレートにパワーを込めたり。共にコンビネーション、ディフェンス。よりスムーズで手数が多いのはオルテガ(ただし、「一発のパワー」は軽め)。オルテガの手数、ベローの反撃。次第にクリンチが目立つオルテガだが、上体の滑らかな動きでディフェンスはしっかり。10R終了。判定は2-1(ダウンシーンは無し)。多彩なコンビネーションでオルテガ。ベローもよく頑張った。しかし、その2週間後にベローは死去。死因は「急性麻薬中毒」。その後のオルテガ。イタリア・ローマでニノ・ベンベヌチに判定負けするなど多くの試合を行ったが、世界戦は無し(結局、全キャリアで世界挑戦は一度だけ)。キャリア終盤は連敗続きで、1965年に引退。通算戦績131勝(69KO)39敗6分。世界王者になってもおかしくない選手だったが、判定で競り負けるなどパワーが不足していたのが惜しい。)


①「Welterweight 

Gaspar Ortega vs. Denny Moyer」

②「Welterweight 

Gaspar Ortega vs. Benny Kid Paret」

③「Welterweight 

Gaspar Ortega vs. Charley Scott」

④「Welterweight 

Gaspar Ortega vs. Billy Bello」

 

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